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 STAP細胞問題で、若山照彦氏の論文撤回に絡む行動が偽計業務妨害罪にあたるとして刑事告発をする動きがある。受理されるかまだ分からないが、『理研STAP細胞論文調査委員会報告、改革委提言等への根本的疑問』ブログを見ると、偽計業務妨害として起訴出来る要件を満たしているように思える。
 私は、若山氏には若山研でいったい何が起きたのか正直に話して欲しいとは思っているが、彼に刑事罰を受けるような罪があったのかは私には分からない。巨悪はもっと他にあって、若山氏もまた巻き込まれてしまった被害者なのかも知れないという気がするからだ。但し、STAP細胞問題に関する責任は、逃げずにきちんと果たすべきだと思うし、小保方さんにES混入犯の汚名を着せた責任は重く、それが刑事告発という事態になったのも仕方ないのかも知れない。

 CDB自己点検報告書の6ページには、こういう記述がある。
2.STAP 論文の作成に関する検証
(1)論文著者らの関与
本委員会の検証によれば、2編の論文の根幹を成す TCR 遺伝子解析による初期 化の立証、キメラマウスの作製、STAP細胞の胎盤への寄与、STAP幹細胞の樹立等 の結果を、それぞれの実験を分担した著者たちが正しいものとして受け入れ、不適切なデータ処理や実験結果の再現性確認の必要性が見過ごされたまま論文出版にまで至ったことが認められた。

http://www3.riken.jp/stap/j/c13document14.pdf

 この「TCR 遺伝子解析による初期化の立証、キメラマウスの作製、STAP細胞の胎盤への寄与、STAP幹細胞の樹立等の結果」というのは、すべて若山研究室での実験結果であり、「STAP幹細胞の樹立」は若山氏の仕事だし、STAP細胞のTCR再構成も「若山研のプログレスレポート」時にはあったとされたものがその後の確認実験で消えていたことは、「若山研メンバーの実験ノート」にも記載されていることで、これが笹井氏らが関与する以前に判明していた事実であるからには、TCR再構成が消えていた事実をスルーしたシニアの責任は笹井氏以上に、実験時の責任者である若山氏に最も大きな責任があるはずだ。

 ところが、自己点検報告書では、若山氏の立場を『若山氏は、小保方氏を理研の客員規程に従ってハーバード大学から受け入れたが、小保方氏は C.バカンティ研究室に籍があり、受入れの目的は技術支援であると 認識していた。そのため、実験計画や結果の判断に深入りしない方針で共同研究を進め、批判的な観点からの議論や詳細なデータの確認を行わなかった。』という若山氏の自己申告をそのまま受け入れ、若山氏の責任を減免している。自己点検委員会は、若山氏が「TCR再構成が消えたことを知らなかった」というあり得ないストーリーを維持するように、STAP研究における若山氏の関与を異常に低く見せかけている。理研改革委員会の基礎資料になっているこの自己点検報告書は、若山氏の責任をすべて笹井氏に押し付けているのだ。これほどおかしな文書が理研の公式文書になっているのは驚きだ。週刊誌には若山氏の話ではないかと思われるものを笹井氏の話に変えたゴシップがあったが、それと同じような責任のすり替えが起きている。


 そもそも、特定法人指定を間近に控えていた理研が石井委員会のような拙速な調査結果でお茶を濁そうとしたりせずに、最初の調査時点で再現実験を含めて研究の根幹についての再調査をしていれば、小保方さんを犯罪者扱いした異常な形ではない、もっとまともな検証実験も出来ただろうし、笹井氏が死ぬようなことにもならなかっただろう。STAP細胞論文の疑義に対する調査をするのであれば、疑義対象者の若山氏に理研外部だからと勝手な振る舞いをさせないよう、直ぐに第三者調査委員会を立ち上げるべきだったのであり、それをしなかったことがすべての間違いの元だったのだ。

 小保方さん達を取り巻く環境には多くの利害が複雑に絡み合っていて、しかもそれがSTAP潰しの方向で利害が一致する形となって、理研の調査を出鱈目な方向に進めてしまったのだが、複雑に絡まった要因のひとつに理研内部の対立構造があるだろう。

 不正疑惑に対して最初に立ち上げられた石井委員会は、理研上層部の意向を受けた(文科省の意向とも言える)恣意的な調査をしていて、これは科学コミュニティからもマスコミからも大きな批判を浴びていた。ところが、そうした理研の恣意的な調査では不十分だと言うのであれば、本来ならば調査の公正さを求めて「第三者」という方向に向かうべきところを、何故か「自己点検検証委員会」という形になったのが、この問題をデタラメなことにしてしまったのだ。

 理研の上層部が行った調査が不十分だからと言って、理研内部の反体制勢力が集まったような理研有志の自己点検チームをそのまま信用し、その情報を鵜呑みにしたマスコミの馬鹿さ加減も呆れるばかりだ。NHKと毎日新聞は、情報リークというエサを貰ってスクープ報道に舞い上がっていた。理研上層部も、理研有志もどちらも理研の人間であり、しかも内部対立的な関係性にある「利害関係者」であることが、すっかり頭から抜け落ちてしまっている。

 岸改革委員会は、そんな理研有志の作文と若山証言と遠藤解析を使って、後はNHKなどの報道で知った情報があれば、笹井氏ら当事者の話など聞く必要もないとして、CDBのことをまともに把握する努力もせず解体提言をした。石井委員会から始まってSTAPに関して次々と立ち上がったこうした各「委員会」は、それぞれが適正手続きを無視して何もかもが狂っているのに、そうした狂った土台の上に立つ桂委員会がいくら辻褄を合わせようとしても、土台が狂っているのだからマトモに仕上がる訳がない。
 冒頭で参照したブログが「根本的疑問」というタイトルになっているように、この不正問題の対応は根本的なところで異常なのだ。


石井調査委員会への根本的疑問
http://blogs.yahoo.co.jp/teabreakt2/15348853.html

理研調査委の不服申立却下決定の根本的間違い その1-5まで

http://blogs.yahoo.co.jp/teabreakt2/archive/2014/5?m=l

理不尽極まりない理研改革委提言は破棄されるべきである その1-3まで

http://blogs.yahoo.co.jp/teabreakt2/archive/2014/8?m=l


 そしてこの問題は、BPOから人権侵害を認定されたNHKスペシャルが、クレジットも出さずに人権侵害の限りを尽くしたこととも繋がって来るのだろう。名誉毀損と認定された番組が、番組制作に関するクレジットを出さなかったということは「NHKの看板で小保方さんに対して匿名による誹謗中傷」をしたということだ。このNHKの暴走に関しては、その見立てを裏書きした専門家の影も見え隠れしている。

STAP細胞問題について、「反オボ」の論理的不整合を科学的な面で批判している「DORAのブログ」では、STAP細胞論文における若山氏の責任問題について論じられている。DORA氏は、若山氏が「こういう図が欲しい」と言ったことが捏造教唆に当たるという論を展開しているが、それは強引すぎるという反論が科学界の人と思われる人からなされている。その人の論理の根本にあったのが「ところが、キメラがフェイクだった」というものだが、それを「前提」としているところに、私は騒動の縮図を見た気がする。
確かに桂報告書の結果を信じれば「キメラはフェイク」と見なすことになる。だから、それを前提とすることが特に間違った論理展開であるわけではない。が、桂報告書は相当疑わしいものではないかというのが現在の状況である。「キメラがフェイク」については、STAP事件の根幹をなすものだ。そして、若山氏が「キメラはフェイク」と思い込んでしまったところから、悲劇は始まっている。

ここからは完全な妄想になるので、その点はあらかじめ断っておくが、STAP騒動の悲劇は、若山氏の耳元に「小保方晴子は詐欺師」と囁きかけ唆した者がいて、それを信じた若山氏がマスコミと一緒になって大暴れしてしまった末に起きてしまったものではないだろうか。

例えば、日本分子生物学会理事の近藤滋氏はツイッター上で公然と小保方氏を「詐欺師」呼ばわりしていたり、テレビに頻繁に登場していた上昌広氏は「「小保方さんが実験している姿はあまり見たことがない」「彼女はまともな研究者ではない」という「噂話」をマスコミに流したりしているが、どちらも小保方氏とは会ったこともないはずだ。

こういった、伝聞や思い込みで人物像を決めつけるタイプの人間が理研の中にいたとして、若山氏の耳元に「小保方晴子のbehavior」について、あることないこと吹き込んだ上でマスコミを紹介すれば、素直な若山氏が自分が詐欺師に騙されたと思い込んで、共著者間での話し合いもしないまま「いきなりマスコミの前で撤回呼びかけ」という意味不明な行動を取ったのも理解できないこともない。

あとは、業界総出で若山さんを神輿に担いでワッショイワッショイだ。理研内部の権力闘争と、ライバル研究者の反STAP勢力と、笹井さんや理研に嫉妬する大学教授たちと、「不正は許さん!」と言う正義な人達と、マスコミと、それらの利害が一致して怒濤のSTAP騒動が起きてしまった。

この、若山氏を唆した人物は、理研の中でそれなりの地位にいてNHKに情報をリークしまくっていた。そして、NHK記者も若山さん同様その人物をとても「信用」していた。その結果がNHKの執拗な小保方バッシング報道であり、例のNHKスペシャルだった。

って、コナン君が言ってました。

STAP細胞論文に関する不正調査の最終報告書である桂報告書には、小保方氏からのオリジナルデータの提出がなく、そのため論文データとの照合ができなかった旨が記されており、その事実が小保方氏が捏造を行った傍証だとする言説がある。それに対する反対意見を書くうちに、少し整理できたものがあるのでそれを記しておきたい。

小保方氏が、自分が行った研究に対して疑義を呈されているのに元データを提出しないのは、確かに研究者として非常に「不誠実」な態度に見える。データ提出の拒否は言わば黙秘権を行使するようなものだが、このことが小保方氏に対して疑わしい印象を与えてしまっているのは確かだろう。しかし、実はその前に調査者側の「不誠実」が先にあるということは、理研の不正認定のあり方を見れば明らかだ。

当初、理研の石井調査委員会は、疑義が指摘された論文の体裁上の問題のみを調査した。そして、単なる画像取り違えと、結論に影響しない不適切な加工程度の問題で、理研の規定では解雇処分となる「不正認定」をしつつ、小保方氏抜きでの検証実験を進めようとしたのが理研である。これは「小保方クビにして成果は横取り」にしか見えない

小保方氏は、これに対して調査のやり方そのものを不服として「理研以外の第三者による再調査」を求めて不服申し立てをしたが、理研はそれを却下し「不正が確定」した。この時点でもう小保方氏は懲戒処分を待つ身であり、これは理研の規定では懲戒解雇または諭旨解雇に相当する。

しかし、研究自体が捏造ではないかとの疑惑が解決されていないため、不正調査は理研改革委員会から桂調査委員会の調査へと引き継がれた。ところが、小保方氏は既に「不正が確定」しているので、本来、この調査に協力する義理などない。データを提出したからと言って石井調査委員会の決定が覆る訳でもなく(この流れの異常さは前にも指摘)、であれば、将来どこか別の場所で研究をやり直すためにデータ提出を拒むのはある意味当然のことだろう。信用の置けない調査者に対して頑なにデータ提出を拒み、再現実験だけに身の潔白を晴らす望みを賭けていたということなのだろう。

こうした異常な流れがあるため、小保方氏を一方的に責めるのはおかしいということを私は以前から主張してきたが、世界中の誰も再現できていないため「STAP現象など存在しない」を前提とした異様な空気に支配された中では虚しいだけだった。○
「STAP騒動のこと」「科学者社会は何をしたのか」

が、海外の研究チームから「STAP現象」と同様のものが報告された今なら、不正調査を最初から見直そうという「良心的な科学者」も出てくるのではないかと期待している。

桂報告書の「STAP細胞はすべてES細胞由来」とする結果は、遺伝子解析で細胞的には辻褄があっていても、その結論では人間の行動としてはまったくあり得ない不合理さがある。○
「世界三大不正」 ○「小保方晴子氏の行動原理」
誰もが感じるこの矛盾に対して、正面から異議を唱えるには「誰も再現出来てない」の壁が立ちはだかっていた。だから、小保方批判に熱心な科学者達やそれを鵜呑みにしたマスコミでは、この大きな矛盾から目を逸らし「STAP現象など死にかけの細胞を勘違いしたオボちゃんの妄想」として片付けられていた。特に、NHKの報道姿勢は完全にこの決め付けを前提としたものだった。

ところが、刺激によって細胞がリプログラミングされることが海外で実証され、STAP実験で見られた現象が死にかけの細胞ではないことが明らかになった。「世界中の誰も再現できていない」の壁は無くなったのだ。
こうなってくると、桂報告書の矛盾について今度は「細胞の辻褄合わせ」が間違っているのではないかと考えるのが自然だろう。

もう一度言おう。
いま科学者がやるべきことは、「あれは本当にES細胞だったのか」ということを見直すことであり、マスコミがやるべきことは、小保方氏に「絶対にSTAP細胞を再現してください」と言い残して亡くなった故笹井芳樹博士が「真偽の判断には理研内外の予断ない再現検証が必要である」と言っていた「STAP現象」と同じものが、海外の研究チームから報告されているという事実を報道することだ。

ところが、科学と社会の架け橋であるサイエンスライターは、いまだに
「研究不正とSTAP現象とは別物」だと言い張って現実を見ようとしない。ちょっと考えれば「ES細胞による偽装」という研究犯罪と、STAP現象のあるなしが別問題であるはずがなく、問題の核心から目を背け続ける科学ジャーナリストなど存在する意味がない。

そして改めて思ったのが、これは典型的な冤罪事件なのだろうということだ。この事件では、厚生労働省村木厚子氏の冤罪事件におけるフロッピー改竄と同じような問題があったのではないかという思いが、いま、私の中で強まって来ている。
「正義の暴走」「みんな単純な話を求めている」

 STAP細胞に関する研究不正問題に対する科学者社会の対応が滅茶苦茶であることは以前から指摘してきたが、その原因として、この問題が最初から科学の世界の枠を超えていることに科学者達が無自覚過ぎたことがあるだろう。STAP問題は昨年1月末に理研が開いた記者発表直後に社会現象化していた。そんな中で論文に多くの疑義が指摘され、日本社会全体を巻き込んだ大スキャンダルになっていたのだ。ところが、そういう中で「科学のルール」を大上段に構え、当事者達の人権も蔑ろにするような人々が「専門家」の中に数多く存在していたことが事態を悪化させてしまった。

 そもそも疑義の早い段階から、理研横浜の遠藤高帆氏が当事匿名の内部告発者として「
STAP細胞など存在しない」とネットを通じ広く社会に向けて発信し、論文を読んだ科学者達の間でも研究自体が捏造ではないかと疑われていたが、そうした問題に対して、不正調査は科学的手続きに基づき粛々となされるべきという建前をかざしながら、個人の人格にまで踏み込む発言を繰り返すという呆れるほどの多重基準で、マスコミやネットを通じて社会に向けて情報発信し続けたのが科学クラスタだった。その一方で、世間からの「STAP細胞はあるのかないのか」といった声を科学的ではないと切り捨てるという彼らの出鱈目さには本当に呆れる他はない。「STAP細胞がある」という著者が居て、「STAP細胞は存在しない」と言う内部告発者がいたら、世間が「STAP細胞はあるのかないのか」の話になるのは当たり前の話ではないか。

 STAP
問題が拗れたのは、もちろん派手な広報で世間の大注目を集めた論文に多数の疑義が出された時の理研の対応の拙さのせいであり、石井調査委員会が下した本丸を避けた不正認定のせいだろう。研究そのものが捏造だったのではないかと疑われたものに対して、調査委員会は図表に捏造・改竄があるといった論文の体裁上の問題で不正認定をして幕引きを図ろうとした。これは裁判で言えば殺人が行われた疑いがあるのに、器物損壊罪で起訴して判決を下してしまったようなもので、殺人の疑いがあるのなら最初から殺人罪で起訴しなければならなかった。不正調査に対する当事の「STAP細胞はあるのかないのかの圧力」は、科学コミュニティも、マスコミも、世間も、被告人も誰一人納得することのない間違った裁判のせいだ。そして被告人は有罪判決を受けた器物損壊の件で理研と争っていたのに、周りは起訴されなかった殺人容疑で理研と被告を責め立てた。

 本来、こんないい加減な裁判が行われた場合には、高裁により一審判決は破棄され審理は差し戻されなければならない。差し戻しとは即ち「再調査」である。本来なら差し戻して再調査(再現実験を含む)をしなければならなかったのに、分子生物学会理事長を筆頭に科学者達は総出であらぬ方向に向かっていった。理研が行った裁判自体を不服としている被告人の言い分をまるで無視して、頭から有罪と決め付けた被告人を処罰するためにもっと重大な殺人罪を審理せよと理研に詰め寄ったのだ。そうして小保方氏の不服申し立ては問答無用で却下され、仕切り直して再調査という本来あるべき形に向かうことは出来なくなった。こうやって「日本分子生物学会理事長」大隅典子氏を筆頭とした科学コミュニティは、理研の対応に対して脇から銃を乱射し続け事態を引っ掻き回した。
 理研の迷走に拍車をかけたのは世間でも政治家でもなく、科学コミュニティの方なのだ。そして、理研改革委員会も同じく一審の被告人有罪判決を支持した上で、一審の審理が不十分だという訳の分からぬ二審判決を下した。そしてそのグチャグチャな流れを受け継いで桂調査委員会が最高裁判決を下したのだ。

 科学コミュニティは、死者が出るほどに問題が拗れたのをマスコミのせいにしようとするがそれは違う。過剰なバッシングについてはマスコミの責任は大きいが、それ以上にそれを誘発した科学者たちの出鱈目さに最大の責任がある。「分子生物学会理事長」大隅典子氏ら権威者達の無責任な言動や、岸輝雄委員長の下での改革委員会という権威の決め付けによって、マスコミや世論に「正義」の大義名分が与えられ、バッシングは苛烈さを増したのだから。そして今、もしかすると問題は取り返しの付かないところまで来ているのかもしれない。

 不正調査の最終報告書である桂報告書に対しては、ネット上で専門外の人達から色んなアラが指摘されているようだが、結局情報不足でネット議論で結論を得ることは難しいようだ。しかしその議論を見ていると、やはりご都合主義的な強引な解釈でSTAP=ES認定されているように見える。もしかしたら桂報告書は科学者の間では「触るな危険!」みたいな状態になっているのではないかという気さえしてくる。あまり深く突っ込むと「日本の科学者の恥」を世界中に晒すことになる、みたいな。
 しかし、もしも桂調査委員会がES認定した根拠について強引な解釈がご都合主義的に行われているのなら、学会の関係者は科学者としての矜持を持って真剣に再検証すべきではないだろうか。学会内から調査結果に対してこういった声は挙がっていないのだろうか。

 故笹井芳樹博士が亡くなってすぐの頃に見たテレビで、故人が「細胞を謙虚に見ていると秘密をチョロチョロっと教えてくれるんです」と楽しそうに話した様子が私は忘れられない。この場合の「謙虚に」とは「一切の先入観なく」というニュアンスだと思うが、これが本物の科学者の姿勢なのだと感じた。私は今でもあの言葉を思い出すたびに、テレビの中で研究に対する純粋な思いを楽しそうに語る姿と、先入観によって決め付けられ追い詰められた笹井氏の無念さが交互に胸に突き刺さり涙が溢れてくる。
 STAP問題について積極的に発言していた研究者達の中で多く見られた、ものごとを先入観を持って決め付ける人たちには、細胞は”絶対に”秘密を教えてはくれないだろう。

 日本の科学者たちは、桂報告を”なんとなく”受け入れてしまっているようにも思えるが、本当にそれで良いのだろうか。STAP騒動の顛末を見ていると、このままでは私は今後日本の生命科学が発展することはないだろうと感じている。いくらNHKが一押しで生命科学の特集番組を作りまくって人々の興味をそそろうとも、その担い手が日本で育つことはないだろう。

 私は、この問題に対しては当時「日本分子生物学会理事長」だった大隅典子氏の責任がもっとも重大だと考えているが、その次に罪深いのは九大の中山敬一教授だと思っている。この人は、STAP問題に対する「決め付け」の先頭を走っていたような人物だ。彼は研究倫理専門家として頻繁にテレビ出演し騒ぎを煽り立てていたが、彼の中では初めっから完全にSTAP問題に対するイメージが出来上がっていたようだ。

 彼は文藝春秋20146月号『小保方捏造を生んだ科学界の病理』という文章を書いていて、小説「リング」に登場する貞子の母「山村志津子」のモデルとなった御船千鶴子の「千里眼事件」を例に挙げている。
http://diamond.jp/articles/-/52870
 ここでは他にもシェーン事件など既知の事件になぞらえて好き勝手なことを書き散らかしているが、彼のイメージでは、小保方氏が貞子の母「山村志津子」で、笹井氏が貞子の父「伊熊平八郎」という設定なのだろう。ならば、「生き別れた息子」たるSTAP細胞は貞子ということになるのか。

 今年の1月下旬に理研OBの石川智久氏から「小保方晴子を刑事告発する!」として提出された告発状が、先月半ばに「被疑者不詳」の窃盗事件として受理された。これは、石川氏の意図した方向とまるで違う方向で捜査されているのだろうと私は見ている。私は、警察の捜査が余計な圧力を受けず進めば、もしかしたら事態は一変する可能性もあると思っている。そしてもしSTAP細胞が実在したとしたら、それは貞子の怨念により
「リングウィルス」となって日本の科学界を壊滅に導くことになるのかもしれない。

 理研の運営・改革モニタリング委員会の議事録にこういう一文がある。

 『小保方氏個人の故意ということで済ますことができれば話は単純だったと思うが、第二次調査委員会の結果それができなかったので、理研の管理体制や組織体制の問題に大きな疑念が残ったままになってしまった。』

 理研にしてみれば小保方氏個人の故意で済ますことができれば何よりのことである。ここから読み取れることは、STAPの調査は最初から最後まで「小保方氏個人の故意」に焦点を当てているということで、これは冤罪事件の典型的パターンだ。


 理研は最初からずっと小保方氏個人の故意ということで終わらせたがっていた。そして、桂調査委員会の最終報告では、STAP細胞とされたものが実際はES細胞であったとほぼ断定され、偶然のコンタミは考えにくく故意により混入された可能性があるが行為者の特定は難しいとされた。もしも、小保方氏がES細胞をSTAP細胞だと偽って共著者達を騙し続けていたのなられっきとした犯罪行為である。
 桂報告書にあるように、誰かが故意にES細胞を混入させ実験計画と異なる不正な実験にしていたのなら、行為者が特定できないだけで『告訴の要件に該当するような疑義がない』とはならず、被疑者不詳での告訴は可能である。影響の大きさからして「偽計業務妨害罪」の告訴は受理されるだろう。理研に立証責任があるわけではないので、故意である「可能性が高い」という専門家の意見があれば問題なく事件として扱われるだろうし、捜査の結果、嫌疑不十分で立件出来なかったとしても理研には何の責任も生じなければ、被疑者不詳での告訴であれば訴訟の危険もない。


 理研が小保方氏の単独犯行の「可能性が高い」と認識しているのであれば、理研には積極的に告訴すべき理由がある。なのにそれをしなかったのだから、小保方氏の故意による混入の「可能性は低い」と判断するのが妥当だろう。そして、真相は藪の中だ。
 結局、告訴検討云々は組織責任から目を逸らすためのブラフでしかなかったのだ。こうして理研は小保方氏側から訴訟を起こされる危険を避けつつ故意の可能性を示唆することで個人の責任を強調し、文部科学大臣に「一定の目途が立った」と言わせることに成功した。

 この1年間の報道を振り返ると、毎日新聞とNHKの報道量が突出していたが、両者の報道の質は異なっていた。NHKの場合は徹底的に個人攻撃を続けていて、結果的に理研本部の思惑通りの流れを作っており、その方向性が他の報道も牽引することによって、新聞等での組織批判が相対的に目立たなくなっていて、それが特定国立研究開発法人化への道筋をつけるのに一役買うこととなった。NHKはジャーナリズムの反対側にいる。

とあるお店で幽霊騒ぎが起きました。
そのお店では妖精が見つかったというニュースが話題になったのですが、妖精を見つけた子供がチョコを万引きしていたことが後から分かりました。大人たちは「手癖の悪いアイツのことだから、客を殺してその幽霊を自分たちに見せたのに違いない」と言ってみんなで子供を責め立てました。子供は「チョコは食べたけど盗んだつもりはなかったんだ。でもそれは悪いことだったんだよね。ごめんなさい。でも僕は人を殺してなんかいないよ。みんなが見たのは幽霊じゃなくて妖精だよ。」と言いました。大人達はみんな「幽霊の正体は妖精なんかじゃなくて人の死体に決まってる」と言いました。

店長さんが出てきて「この子は泥棒です」とだけ言って、幽霊のことを誤魔化そうとしました。それを聞いた近所の子供やおばさん達は「幽霊のことはどうなったんだ。チョコを盗むような子供は人を殺したに決まってる」と大騒ぎです。


幽霊騒ぎが大きくなって収まりそうにないので、店長さんの依頼で幽霊調査隊が出来ました。聞き取り調査では、子供はチョコ以外にアイスクリームも食べていたことが分かりました。さらに調査隊に協力する調査員がお店の中にあった幽霊の標本を見つけて詳細な検視をしました。検視したのはお店の店員でした。店長さんと仲が悪いことで有名です。
その頃、妖精を見つけた子供は自分が人殺しをしてないと証明するために妖精を捕まえようと頑張りました。でも結局妖精は現れませんでした。検視の結果、子供が見つけた妖精の正体はどうやら死体らしいということも分かりました。ただ、この死体が事故死なのか他殺なのかは分かりません。

調査員の報告を受けた隊長が「事故死ということは考えにくいので恐らく他殺と思われます。犯人は分かりません。」と言いました。
ある人は「論理的帰結としてその子供が犯人です。」と言いました。
ある人は「犯人は他にいる。その子は嵌められた。」と言いました。
ある人は「事故死が他殺に見える調査隊の目はフシ穴だ。」と言いました。

店長さんは、幽霊調査隊の調査報告をおばさん達に見せる前に子供を自分の手から離していました。そして少し経ってから「この子は実にタチの悪い泥棒でした。」とおばさん達に伝えました。おばさんから殺人のことを問い詰められると、店長さんはゴニョゴニョと意味不明なことを口走りました。

そしてまた「客を殺した子供を絶対許すな!」と近所の子供達の大騒ぎが始まりました。



その様子を見ていた少年はつぶやきました。「そもそも、本当に死体はあったの?」
少年は大人を信用できなくなっていました。調査隊のことも信用していません。
その少年は言います。「幽霊を見て死体だ死体だと騒いでいた人達の中に、標本に細工をした人がいるんじゃないの。妖精が死体に見えるようにこっそり化粧した人がいるんじゃないの。」

かくして妖精伝説はこの先もずっと生き続けるのでありました。
どんどはれ

STAP問題に関して、石井委員長の下での理研の最初の調査委員会が間違っていたことは多くの人達の共通認識だろう。
理研がサンプル調査もせず、STAP研究そのものに関する根本的な部分をウヤムヤにして、論文の体裁上の問題で幕引きを図ろうとしたことに科学コミュニティもマスコミも大反発した。一方の小保方氏を擁護する立場からは、小保方氏の言い分に聞く耳を持たず一方的な決め付けで、再現実験も含めて再調査の権利も与えないことに対する批判が起こった。 理研は理研でSTAP論文は捏造だったと結論しながら、本人を除いたメンバーでSTAPを検証するという訳の分からない行動に出た。
この理研本部の動きには、この問題をさっさと終わらせて次へ進もうとする意図がアリアリと見える。そして、この迷走した動きには特定法人指定に絡む政治的意図と圧力が影響したことは想像に難くない。結局、これが原因でSTAP問題は拗れ続けて遂には死者まで出してしまった訳だが、その元凶は理研の理事達であることは間違いない。

STAP
騒動は、理研の対応が迷走する中、大隅典子理事長を筆頭に分子生物学会理事達が適正手続きそっちのけで「実験阻止」の圧力をかけるという、これまたまったく公正さを欠いた形でものごとが進んでいき、NHKを筆頭に科学分野に強いメディアは権威を鵜呑みにした報道を続けていくことになる。そういう意味で、大隅典子氏は理研の迷走に脇から銃を乱射してこの問題を引っ掻き回した重大な戦犯だと私は思っている。
このように、迷走する理研に向けたつもりがあらぬ方向に批判の銃を乱射する科学者達とメディアがタッグを組んで一方的な流れが出来たのだが、そんな中で「本人の手による再現実験」という至極まっとうな主張を展開したのが一研究者・教育者の意見というブログだった。しかし、viewにおいては小保方まっ黒の心証をお持ちのようなので理研改革委員会の、議論の前提に証明されない決め付けを置いた一方的過ぎる論理を問題とは思わなかった様子。
そういう中で小保方氏は、理研認定の「捏造犯」の札を下げ、理研の首輪は繋がったまま道端に放り出され、
3ヶ月以上も袋叩きに遭った挙句、完全に犯罪者扱いで「さあ、ご希望に通り再現実験の場所を用意したのであなた自身の手で証明して見せなさい。」となったのだ。

こうした科学者社会の行いを目にした大衆の間に、小保方氏に対する同情と共に陰謀論が跋扈してしまうのも自然の成り行きで、このデタラメさはすべて科学者たちの責任ではないかと私は思う。陰謀論やデマやニセ科学などが勢いづくのも、マスコミや無知な大衆の責任ではなく、ひとえに正義の側に立つ科学者達の傲慢さが招いた結果と言える。
小保方氏らに対する過剰なバッシングも、マスコミが扇動しているのでもネットの匿名連中が引き起こしているのでもなく、その本質は科学者達の暴力的な決め付けにある。マスコミもネットの匿名連中も権威の尻馬に乗ってお祭り騒ぎをしていたに過ぎない。



STAP
を巡る基本的な構図としては「若山氏を神輿に担いだ正義の有志」vs「祭り上げた小保方氏をさっさと切り捨て欲と保身に走った理研」といった基本形があり、そこに異物として放り出された小保方氏が転がっていて、笹井氏は八方からの板ばさみ状態にあった。

そして、若山氏を神輿に乗せた正義の有志にマスコミが完全に同調してしまったために、一方的で苛烈なバッシングが巻き起こってしまったことが、何よりの不幸だったと私は思っている。NHKは理研有志を情報源とするリーク報道を続け、毎日新聞は若山氏周辺を情報源とするリーク報道を続けた。こうして有志達によるSTAPを巡る聖戦は、「若山氏を神輿に担いだ正義の有志」vs「祭り上げた小保方氏をさっさと切り捨て欲と保身に走った理研」の構図を取りながら、科学報道では飛びぬけて影響力のあるNHKの実際の攻撃目標は間に挟まっていた笹井氏個人や、外側に放り出されている小保方氏に対する批判に集中してしまったのだ。NHKの次に報道量の多かった毎日新聞は、あくまで基本構図を外れることはなかったが、視点がやはり「正義の有志」と共にあったためバランスを失っていた。そういう一方的な報道を受け、世間では小保方批判派と小保方擁護派という形に分かれて行った。これを単純化すると正義を支持する小保方批判派と権威を疑う小保方擁護派という図式が出来上がっているのだ。

こういうマスコミ報道と世間の騒ぎの後押しもあり、科学界のSTAP研究そのものに対する視点は完全に公平性をなくしてしまった。改革委員会で、研究不正疑惑の当事者である若山氏の見解が不正追及側の参考意見として扱われるというのはどう考えてもおかしな話だろう。(改革委員会のデタラメさについてはこちらで詳しく論証されている)別に若山氏が何かをしたというわけではなく、彼は不正を糾そうとする科学界の中で、なにやら正義の象徴のように扱われていて、このバランスの悪さは真実の結果を得るには致命的だろう。更に副作用として若山氏に対し筋違いな悪意を向ける人達も現れるという反動も招いている。

この問題の元凶である理研の理事達はしっかり責任を取るべきだが、私は野依理事長ら戦犯を裁いただけは何も解決することはないと思う。直接にも間接的にもこの問題に関った科学者達は、この騒動で何が起きたのか、自分達がいったい何をしたのか、自分達の言動が社会にどんな影響を与えたのか、振り返る必要があるだろう。


*2月12日加筆修正

元理研の研究者だという石川智久という人が、小保方氏がES細胞を盗んだとして「窃盗罪」で刑事告発した。「真面目にコツコツと研究を している研究者の怒りを含めて、代表して刑事告発をするに至った」とのこと。直接の関係者でもない外部の人間が、当該物の所有者から被害届けも出ておらず盗難の事実があったのかさえ不明な事件を設定し、小保方氏に対して「窃盗」の汚名を着せるというのは、法を逸脱した正義の暴走だ。彼の告発には理研有志の協力もあるらしい。そう言えば、桂報告書の遺伝子解析も「理研有志」によるものではなかったか。

そもそも、STAP細胞がES細胞ではないかとの疑惑は、査読の段階でも指摘されていたSTAP細胞に対する最も有力な反証仮説だったかと思う。そんな中で論文の不備が数多く見つかったために、専門家達の間でSTAP細胞=ES細胞の仮説がより説得力を増して受け入れられたのではないかと思われる。実はそこに大きな落とし穴があるのではないだろうか。つまり、不正の真相を究明するというよりも、自分達が見立てた仮説を立証することに重きを置き、その仮説の証拠集めをしていた理研の有志たちという図式による落とし穴。

この問題は、厚生労働省村木厚子氏の冤罪事件と似たところがあるのではないかと私は思っている。事件では郵便料金不正利用事件そのものは存在したが、その事件に関する捜査において検察は大きな間違いを犯した。STAP問題も同じように、不正は存在するもののその調査段階において間違いを犯しているのではないかということだ。元大阪地検特捜部の主任検事前田恒彦氏は証拠の改竄を行った。彼にしてみれば村木氏の共謀は揺ぎ無いものであったためにフロッピーの改竄など些細な問題だと考えたのだろう。検事の正義が暴走してしまった結果の冤罪事件だった。

翻ってSTAP問題においては、小保方晴子氏の不正は揺るぎないものであるとして、証拠の不足を捏造で補うことも平気な人間がいるのではないかと私は疑っている。それは、STAP細胞の存在は揺ぎ無いと考え、データの加工位は大したことではないと考えてしてしまった小保方氏とまったく同じ発想だ。しかしその悪質さにおいては雲泥の差で、かたや小保方氏がやったデータ加工など不正論文として世界中に山のように存在するものだが、もしSTAP=ESを立証するために証拠を捏造した者がいたとしたら、それは小保方氏や笹井氏を陥れる行為であり人権を脅かす犯罪行為に他ならない。

これと同じことは小保方氏の窃盗を示唆する番組演出をしたNHKスペシャルについても言えることで、「一研究者・教育者の意見」では番組に捏造があった可能性が検証されている。この番組も、小保方氏らの不正は明白なので多少の嘘も演出の範囲として、彼らの思う大きな正義の立場から見て「些細な嘘」を差し込んだのではないか。しかしその結果として些細な嘘では済まないほどの影響が出てしまった。この番組の過剰演出により不正の黒幕と示唆された笹井博士は自殺に追い込まれてしまったのだ。自殺の直接の原因とは言えないものの、この番組が笹井氏に与えたダメージは自殺へ追い込む後押しをした可能性は否定できないし、もし番組に捏造があったとしたらこれは実に許しがたいことであり、この番組は徹底的に検証されるべきだろう。

私は、報道などで漏れ伝わってくる「理研有志」の行動に、どうしてもそれと同じ臭いを感じてしまう。「有志」の中にある正義の暴走がとんでもない間違いを犯してしまっているのではないかという気がしてならないのだ。小保方氏を科学界に紛れ込んだ異物として、人をまるで焼きそばに混入したゴキブリのごとく扱う科学者なんて、どいつもこいつもそんな連中ばかりではないのかというのが、この騒動を通して感じている私の印象なのだ。

今月26日に出されたSTAP細胞論文に関する調査結果に大変困惑している。
STAP細胞とされたものが実際はES細胞であった可能性が高く、しかもそれは若山研究室で作成されたものだったとされたのだ。「混入」という表現ではあったが実際には汚染ではなく故意によりすり替わっていたと推定されている。もし仮に小保方氏が若山研究室内にあった既存のES細胞を何らかの手段で手に入れSTAP細胞と偽っていたということであれば、かなりの長期間にわたり架空の実験で協力者達を騙し続けていたことになるが、そのような無茶苦茶な不正が行われることがあり得るとは俄かには信じがたい。ES細胞のプロ達の目を欺くためにどれだけ危ない橋を渡り続けなければならないか。動機も不明な知能犯が超一流の科学者達をひたすら騙し続けるというのは現実的に無理がありすぎて、浮世離れした人たちが描く漫画チックな妄想としか思えない。その一方で、本人の故意でないとしたら、彼女を罠に嵌めようとする悪意が存在し、例えば今回の調査試料の方が摩り替えられた等の荒唐無稽な想像を加えなければ説明の付かない出来事が起きたということになるだろう。この調査報告はまったくなにがなんだか分からない。

以前、学者の偉い先生たちが、STAP細胞論文は世界三大不正に数えられる大事件だと言った。東京大学での大量の論文不正や、ノバルティスファーマの研究不正など比較にならないほどの大事件だということか。確かに超一流の科学者たちが関係し「世紀の大発見」と謳われたものが不正論文というのは日本の科学者達にとっては大事件なのだろう。しかしいったいSTAP細胞がバルサルタンと比べて社会に対する実害がどれほど大きかったのだろうか。論文発表とほぼ同時に疑義が出され世界中の研究者から一度も引用されることなく取り下げられた論文が、科学の歴史の中でどんな悪影響を及ぼしたというのだろうか。

STAP問題に対する科学者社会の対応に私は違和感を感じ続けていたわけだが、科学者達の不正追及の目的が、社会正義ではなく「科学コミュニティの秩序」の方にあるから、私達の認識とこれだけのズレがあるのだろう。だから、この集団リンチが全体主義の様相を呈しているのも当然のことなのだろう。ファシズムにとって最も大切なものは”秩序”なのだから。
当初から指摘されていた小保方氏のデータ管理の杜撰さは、科学者としてあるまじき非常識さなのだろう。彼らにしてみれば本来そこにいるはずのない異分子が紛れ込み、科学者社会の”秩序”を根底からひっくり返す程のオイタをしてしまった。彼らにとって小保方氏はカップ焼きソバに混入したゴキブリに見えたことだろう。

今にして思えば、石井調査委員会の小保方氏に対する扱いは焼きソバに混入したゴキブリを取り除く作業だったのかもしれない。そして分子生物学会理事長を初めとした科学コミュニティの理研に対する詰め寄り方は、ゴキブリの混入は自明なのでその原因を説明せよという意味だったのか。まったく適正な手続きを踏まない科学コミュニティの小保方氏に対する人権を無視した扱いは、文字通りの虫ケラ扱いだったのか。
そして対応を誤ったぺヤングの工場が操業停止したように理研CDBは解体された。

この問題が、今後どのような経過を辿るのかは分からない。ただ、科学者社会の中では小保方氏は再起など許されない異物でしかなかったと結論付けられたようだ。
一研究者・教育者の意見という科学者としては珍しく客観的視点からSTAP問題を論じているブログがあるが、その中で遠藤高帆氏や他の研究者たちとのコメント投稿でのやり取りを通して科学者達の傲岸さが浮き彫りになった。ツイッターなどネットを通し、権威を鵜呑みに頭ごなしに物事を決め付け世間に垂れ流すサイエンスライターの質の悪さを目の当たりにした。
私はこのブログ主のような人こそ「科学コミュニケーター」として科学と社会の架け橋になれば良いのにとちょっと思ったりしている。ただまあ今回の出来事を通して植えつけられた科学者に対する不信が消えることはないだろうが。

STAP騒動に関して、匿名の研究者ではあるが科学者にしては珍しく客観的視点を持ってこの問題を論じているブログがある。(ネット上で交わされる科学者達の発言等を目にして、私は科学者とはメタ視点を持てない視野狭窄な人種なのだと今では認識している。)
その中でこういう意見が述べられている。

『残念なことは、もし石井委員長の不正調査委員会が、「実験ノートからはテラトーマ作製実験(捏造と認定された画像の基となる実験)が本当に行われたかどうかフォローできなかったので、再実験をして証明せよ」と3月の段階で小保方氏に命じていたなら、7月には今日と同じ状態が導かれていた事であろう。笹井氏の死はなかったであろうし、CDBも解体的出直しを迫られることはなかった。』

なぜこんな当たり前のことが出来なかったのか。そうしていれば笹井氏は死なずに済んだというのはまったくその通りだと思う。同じ結果ではなかった可能性もあったのではないかと私は思っているが、少なくともここまで関係者たちを苦しめることはなかったはずだ。しかし、現実には調査委員会の不十分な調査を基にした「不正認定」を確定した事実として、科学者たちは小保方氏を犯罪者扱いして来た。
相澤氏の「犯罪者扱い」発言はもちろんマスコミに対する批判もあるが、記者会見終了後に一旦退出したあと引き返して発言をした意味は、実験責任者として理研を代表する立場で会見したあと、組織の代表ではなくひとりの科学者として、こういう事態に陥った元凶である理研の理事達への抗議の意味が大きかったように思う。記者会見の席で理研を代表する立場でこのようなことは言えない。

このように自分の立ち居地で話せること話せない事、話すべきでないことというものがあるのだが、マスコミはそういうことは一切考慮せず自分の疑問には何でも答える義務があるように報道する。例えば、4月9日の小保方会見は、調査委員会の調査が不十分であり再調査をして欲しいと言う旨の不服申し立てに関する会見だったが、NHKを初めとするマスコミは「疑義に対する反論会見」であるかのように報道し、メディアリテラシーに欠ける人たちはそのように誤認した。

理研という組織は、疑義が指摘された当初から小保方氏に対外的に反論する機会を与えないままなんとか収めようとし、庇い切れないとなったあとは調査対象として口を塞いでいた。そうして4月1日、当事者を表に出さないままいきなり「小保方晴子は単独で不正行為を行った」と全国民に向かって発表したのだ。理研が「下手人はコイツです」と世間に首を差し出した訳だから「犯罪者扱い」は当然の成り行きだろう。
これに対して小保方氏は理研に所属する研究員として所属する組織に対して再調査を求める不服申し立てをし、巨大な組織に対してちゃんとした手続きを取って欲しいと、そのことを世間に訴えかけるための会見を個人の立場で開いた訳だが、マスコミは論文の疑義に対する反論会見と位置づけて報道し、それに乗せられた科学者たちの反応は「疑義に対する答えがない」一色になった。

本来論文の疑義に対する反論は、理研として理研職員の立場で行われなければならず、あの場は自分の所属する組織に対して異議申し立てをする個人の立場なのであって、あの時小保方氏は決して疑義に対して反論出来る立場には居なかったのだ。しかしそのことは議論の中ではなぜか完全に無視されることになる。ほんのちょっと、ものごとを俯瞰してみれば自分たちがいかに不当なバッシングに加担しているのか気づきそうなものなのに、批判者たちはまったくその自覚がない。

そしてさらに、彼らは理研の不十分な調査に対してさんざん非難をしておきながら、不十分な調査で出された「不正認定」だけは確定した事実として採用するというご都合主義で集団リンチを続けた。この不当なバッシングは、犯罪者扱いをされ集中砲火を浴びる小保方氏はもちろんのこと「そんな場所に立たせてしまった」笹井氏の心を痛めつけ、死に追い込んだ。こんな滅茶苦茶がまかり通るのが科学の世界なんだと世に知らしめたのが今回のSTAP騒動だ。

組織を離れた今、もし小保方氏の精神が壊れずに生きる力が保てているのなら、最後に指摘されている疑義に対して科学的に答えて欲しいと思う。論文の著者としてこういう結果になったことについて今の自分の考えを語ってほしい。
しかし小保方氏には、研究者としてやり直せる可能性は恐らく殆どないのだろう。でもこの不条理に対して、間違っても例えば幸福の科学のような怪しげな団体に助けを求めるようなことにならないで欲しい。
STAP騒動では本当にひどい世界を目にしてしまった。

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