よもや真話

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カテゴリ: STAP細胞問題

STAP騒動に関して、匿名の研究者ではあるが科学者にしては珍しく客観的視点を持ってこの問題を論じているブログがある。(ネット上で交わされる科学者達の発言等を目にして、私は科学者とはメタ視点を持てない視野狭窄な人種なのだと今では認識している。)
その中でこういう意見が述べられている。

『残念なことは、もし石井委員長の不正調査委員会が、「実験ノートからはテラトーマ作製実験(捏造と認定された画像の基となる実験)が本当に行われたかどうかフォローできなかったので、再実験をして証明せよ」と3月の段階で小保方氏に命じていたなら、7月には今日と同じ状態が導かれていた事であろう。笹井氏の死はなかったであろうし、CDBも解体的出直しを迫られることはなかった。』

なぜこんな当たり前のことが出来なかったのか。そうしていれば笹井氏は死なずに済んだというのはまったくその通りだと思う。同じ結果ではなかった可能性もあったのではないかと私は思っているが、少なくともここまで関係者たちを苦しめることはなかったはずだ。しかし、現実には石井調査委員会の不十分な調査を基にした「不正認定」を確定した事実として、科学者たちは小保方氏を犯罪者扱いして来た。
相澤氏の「犯罪者扱い」発言はもちろんマスコミに対する批判もあるが、記者会見終了後に一旦退出したあと引き返して発言をした意味は、実験責任者として理研を代表する立場で会見したあと、組織の代表ではなくひとりの科学者として、こういう事態に陥った元凶である理研の理事達への抗議の意味が大きかったように思う。記者会見の席で理研を代表する立場でこのようなことは言えない。

このように自分の立ち居地で話せること話せない事、話すべきでないことというものがあるのだが、マスコミはそういうことは一切考慮せず自分の疑問には何でも答える義務があるように報道する。例えば、4月9日の小保方会見は、調査委員会の調査が不十分であり再調査をして欲しいと言う旨の不服申し立てに関する会見だったが、NHKを初めとするマスコミは「疑義に対する反論会見」であるかのように報道し、メディアリテラシーに欠ける人たちはそのように誤認した。

理研という組織は、疑義が指摘された当初から小保方氏に対外的に反論する機会を与えないままなんとか収めようとし、庇い切れないとなったあとは調査対象として口を塞いでいた。そうして4月1日、当事者を表に出さないままいきなり「小保方晴子は単独で不正行為を行った」と全国民に向かって発表したのだ。理研が「下手人はコイツです」と世間に首を差し出した訳だから「犯罪者扱い」は当然の成り行きだろう。
これに対して小保方氏は理研に所属する研究員として所属する組織に対して再調査を求める不服申し立てをし、巨大な組織に対してちゃんとした手続きを取って欲しいと、そのことを世間に訴えかけるための会見を個人の立場で開いた訳だが、マスコミは論文の疑義に対する反論会見と位置づけて報道し、それに乗せられた科学者たちの反応は「疑義に対する答えがない」一色になった。

本来論文の疑義に対する反論は、理研として理研職員の立場で行われなければならず、あの場は自分の所属する組織に対して異議申し立てをする個人の立場なのであって、あの時小保方氏は決して疑義に対して反論出来る立場には居なかったのだ。しかしそのことは議論の中ではなぜか完全に無視されることになる。ほんのちょっと、ものごとを俯瞰してみれば自分たちがいかに不当なバッシングに加担しているのか気づきそうなものなのに、批判者たちはまったくその自覚がない。

そしてさらに、彼らは理研の不十分な調査に対してさんざん非難をしておきながら、不十分な調査で出された「不正認定」だけは確定した事実として採用するというご都合主義で集団リンチを続けた。この不当なバッシングは、犯罪者扱いをされ集中砲火を浴びる小保方氏はもちろんのこと「そんな場所に立たせてしまった」笹井氏の心を痛めつけ、死に追い込んだ。こんな滅茶苦茶がまかり通るのが科学の世界なんだと世に知らしめたのが今回のSTAP騒動だ。

組織を離れた今、もし小保方氏の精神が壊れずに生きる力が保てているのなら、最後に指摘されている疑義に対して科学的に答えて欲しいと思う。論文の著者としてこういう結果になったことについて今の自分の考えを語ってほしい。
しかし小保方氏には、研究者としてやり直せる可能性は恐らく殆どないのだろう。でもこの不条理に対して、間違っても例えば幸福の科学のような怪しげな団体に助けを求めるようなことにならないで欲しい。
STAP騒動では本当にひどい世界を目にしてしまった。

今月26日に出されたSTAP細胞論文に関する調査結果に大変困惑している。
STAP細胞とされたものが実際はES細胞であった可能性が高く、しかもそれは若山研究室で作成されたものだったとされたのだ。「混入」という表現ではあったが実際には汚染ではなく故意によりすり替わっていたと推定されている。もし仮に小保方氏が若山研究室内にあった既存のES細胞を何らかの手段で手に入れSTAP細胞と偽っていたということであれば、かなりの長期間にわたり架空の実験で協力者達を騙し続けていたことになるが、そのような無茶苦茶な不正が行われることがあり得るとは俄かには信じがたい。ES細胞のプロ達の目を欺くためにどれだけ危ない橋を渡り続けなければならないか。動機も不明な知能犯が超一流の科学者達をひたすら騙し続けるというのは現実的に無理がありすぎて、浮世離れした人たちが描く漫画チックな妄想としか思えない。その一方で、本人の故意でないとしたら、彼女を罠に嵌めようとする悪意が存在し、例えば今回の調査試料の方が摩り替えられた等の荒唐無稽な想像を加えなければ説明の付かない出来事が起きたということになるだろう。この調査報告はまったくなにがなんだか分からない。

以前、学者の偉い先生たちが、STAP細胞論文は世界三大不正に数えられる大事件だと言った。東京大学での大量の論文不正や、ノバルティスファーマの研究不正など比較にならないほどの大事件だということか。確かに超一流の科学者たちが関係し「世紀の大発見」と謳われたものが不正論文というのは日本の科学者達にとっては大事件なのだろう。しかしいったいSTAP細胞がバルサルタンと比べて社会に対する実害がどれほど大きかったのだろうか。論文発表とほぼ同時に疑義が出され世界中の研究者から一度も引用されることなく取り下げられた論文が、科学の歴史の中でどんな悪影響を及ぼしたというのだろうか。

STAP問題に対する科学者社会の対応に私は違和感を感じ続けていたわけだが、科学者達の不正追及の目的が、社会正義ではなく「科学コミュニティの秩序」の方にあるから、私達の認識とこれだけのズレがあるのだろう。だから、この集団リンチが全体主義の様相を呈しているのも当然のことなのだろう。ファシズムにとって最も大切なものは”秩序”なのだから。
当初から指摘されていた小保方氏のデータ管理の杜撰さは、科学者としてあるまじき非常識さなのだろう。彼らにしてみれば本来そこにいるはずのない異分子が紛れ込み、科学者社会の”秩序”を根底からひっくり返す程のオイタをしてしまった。彼らにとって小保方氏はカップ焼きソバに混入したゴキブリに見えたことだろう。

今にして思えば、石井調査委員会の小保方氏に対する扱いは焼きソバに混入したゴキブリを取り除く作業だったのかもしれない。そして分子生物学会理事長を初めとした科学コミュニティの理研に対する詰め寄り方は、ゴキブリの混入は自明なのでその原因を説明せよという意味だったのか。まったく適正な手続きを踏まない科学コミュニティの小保方氏に対する人権を無視した扱いは、文字通りの虫ケラ扱いだったのか。
そして対応を誤ったぺヤングの工場が操業停止したように理研CDBは解体された。

この問題が、今後どのような経過を辿るのかは分からない。ただ、科学者社会の中では小保方氏は再起など許されない異物でしかなかったと結論付けられたようだ。
一研究者・教育者の意見という科学者としては珍しく客観的視点からSTAP問題を論じているブログがあるが、その中で遠藤高帆氏や他の研究者たちとのコメント投稿でのやり取りを通して科学者達の傲岸さが浮き彫りになった。ツイッターなどネットを通し、権威を鵜呑みに頭ごなしに物事を決め付け世間に垂れ流すサイエンスライターの質の悪さを目の当たりにした。
私はこのブログ主のような人こそ「科学コミュニケーター」として科学と社会の架け橋になれば良いのにとちょっと思ったりしている。ただまあ今回の出来事を通して植えつけられた科学者に対する不信が消えることはないだろうが。

元理研の研究者だという石川智久という人が、小保方氏がES細胞を盗んだとして「窃盗罪」で刑事告発した。「真面目にコツコツと研究を している研究者の怒りを含めて、代表して刑事告発をするに至った」とのこと。直接の関係者でもない外部の人間が、当該物の所有者から被害届けも出ておらず盗難の事実があったのかさえ不明な事件を設定し、小保方氏に対して「窃盗」の汚名を着せるというのは、法を逸脱した正義の暴走だ。彼の告発には理研有志の協力もあるらしい。そう言えば、桂報告書の遺伝子解析も「理研有志」によるものではなかったか。

そもそも、STAP細胞がES細胞ではないかとの疑惑は、査読の段階でも指摘されていたSTAP細胞に対する最も有力な反証仮説だったかと思う。そんな中で論文の不備が数多く見つかったために、専門家達の間でSTAP細胞=ES細胞の仮説がより説得力を増して受け入れられたのではないかと思われる。実はそこに大きな落とし穴があるのではないだろうか。つまり、不正の真相を究明するというよりも、自分達が見立てた仮説を立証することに重きを置き、その仮説の証拠集めをしていた理研の有志たちという図式による落とし穴。

この問題は、厚生労働省村木厚子氏の冤罪事件と似たところがあるのではないかと私は思っている。事件では郵便料金不正利用事件そのものは存在したが、その事件に関する捜査において検察は大きな間違いを犯した。STAP問題も同じように、不正は存在するもののその調査段階において間違いを犯しているのではないかということだ。元大阪地検特捜部の主任検事前田恒彦氏は証拠の改竄を行った。彼にしてみれば村木氏の共謀は揺ぎ無いものであったためにフロッピーの改竄など些細な問題だと考えたのだろう。検事の正義が暴走してしまった結果の冤罪事件だった。

翻ってSTAP問題においては、小保方晴子氏の不正は揺るぎないものであるとして、証拠の不足を捏造で補うことも平気な人間がいるのではないかと私は疑っている。それは、STAP細胞の存在は揺ぎ無いと考え、データの加工位は大したことではないと考えてしてしまった小保方氏とまったく同じ発想だ。しかしその悪質さにおいては雲泥の差で、かたや小保方氏がやったデータ加工など不正論文として世界中に山のように存在するものだが、もしSTAP=ESを立証するために証拠を捏造した者がいたとしたら、それは小保方氏や笹井氏を陥れる行為であり人権を脅かす犯罪行為に他ならない。

これと同じことは小保方氏の窃盗を示唆する番組演出をしたNHKスペシャルについても言えることで、「一研究者・教育者の意見」では番組に捏造があった可能性が検証されている。この番組も、小保方氏らの不正は明白なので多少の嘘も演出の範囲として、彼らの思う大きな正義の立場から見て「些細な嘘」を差し込んだのではないか。しかしその結果として些細な嘘では済まないほどの影響が出てしまった。この番組の過剰演出により不正の黒幕と示唆された笹井博士は自殺に追い込まれてしまったのだ。自殺の直接の原因とは言えないものの、この番組が笹井氏に与えたダメージは自殺へ追い込む後押しをした可能性は否定できないし、もし番組に捏造があったとしたらこれは実に許しがたいことであり、この番組は徹底的に検証されるべきだろう。

私は、報道などで漏れ伝わってくる「理研有志」の行動に、どうしてもそれと同じ臭いを感じてしまう。「有志」の中にある正義の暴走がとんでもない間違いを犯してしまっているのではないかという気がしてならないのだ。小保方氏を科学界に紛れ込んだ異物として、人をまるで焼きそばに混入したゴキブリのごとく扱う科学者なんて、どいつもこいつもそんな連中ばかりではないのかというのが、この騒動を通して感じている私の印象なのだ。

理研OB石川智久氏による刑事告発があったことで、小保方氏の「悪意」について再び様々な憶測がされている。
STAP論文に関して彼女が行った不正行為について「これ位だったら大丈夫」という認識を「ばれる、ばれない」の観点から見る人も多いようだが、そういう見方は正しくない。なぜなら、報道などこれまで出てきた情報から見て取れる小保方氏の大胆さは、本人に悪いことをしている意識はなかったと推測されるからだ。悪いことをしていないのだから、ばれるもなにもない。先日も述べたように「大義の前には、問題ではない」という意識ですべては起きているのではないだろうか。

以前、画像改竄について小保方氏の口から「結果が正しいので問題ない」という科学者として基礎がなっていないことを疑わせる問題発言が出たかと思う。そういう意識が「科学者としての倫理感」の欠如であり、データの改竄や捏造に繋がったということだろう。そして、これに関しては研究者として身に着けなければならなかった基礎が出来ていなかったための不正行為であり、その不正については自らも認めている部分だ。確かに、この時点で科学者失格と言われても仕方ないのかもしれない。

しかし、根本部分の「ES細胞とのスリカエ」は「STAPの存在という大義」そのものを失くすことであって、そこに対して「これ位大丈夫」という同じ論理を当てはめることは出来ない。石川氏の告発内容にあるように、「大義」の部分を「名誉や地位や収入」と想定する人がいるが、それは自分の価値観を小保方氏に投影しているに過ぎない。
つまり、小保方氏にはES細胞スリカエの動機はなく、前に指摘したように逆にSTAPを否定する側に大きな動機が存在する。これは何も「巨大な陰謀」など想定しなくても、正義の暴走という形でも起こりうることだ。そしてこの暴走が、遂には人に「窃盗」の汚名を着せようとするまでに至っては、これはもはや正義と呼ぶことは出来ない。

元理研の石川智久氏による刑事告発のニュースはスポーツ紙以外ではテレ朝など民放数社を除いて見当たらず、大手新聞やNHKは一切報道しなかった模様。世間は刑事告発されただけで「窃盗の事実があった」という誤った印象を受けしまう可能性があるのでその危険を避けたということか。ではなぜその危険を避けたかといえば、それだけこの刑事告発は根拠が不確かな怪しい告発だということなのだろう。

しかし、このNHKの姿勢は矛盾している。
平成26年7月27日放送のNHKスペシャル「調査報告 STAP細胞 不正の深層」ではあたかも小保方氏が盗んだような演出がされていたではないか。純心な視聴者には確証があるかのように思わせた。事実、池田信夫は番組を真に受けて「なぜ小保方氏はES細胞を盗んだのか」というブログ記事まで書いている。http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51906634.html
NHKに確証があるなら、この刑事告発は民放と同じように報道されてもおかしくないではないか。というより、公共放送としての姿勢に一貫性を持たせるためにも報道すべきだろう。報道は「石川氏が刑事告発をした」事実だけを伝えればいいので、仮に「窃盗の事実」が間違いであっても責任を取る必要はない。なのに報道されない。なぜか。理由は元々NHKは証拠も裏付けも持っていなかったからだ。NHK自身が裏を取れない怪しい告発だから報道しないのだ。

つまり、Nスペは噂に過ぎなかったものをまるで事実であるかのように演出し放送していたということだ。NHKが石川氏の刑事告発の件を報道しなかったという事実は、故笹井博士を自殺するほど追い詰めたとも言われるNHKスペシャルが捏造番組だったと白状したようなものではないか。

STAP問題に関して、石井委員長の下での理研の最初の調査委員会が間違っていたことは多くの人達の共通認識だろう。
理研がサンプル調査もせず、STAP研究そのものに関する根本的な部分をウヤムヤにして、論文の体裁上の問題で幕引きを図ろうとしたことに科学コミュニティもマスコミも大反発した。一方の小保方氏を擁護する立場からは、小保方氏の言い分に聞く耳を持たず一方的な決め付けで、再現実験も含めて再調査の権利も与えないことに対する批判が起こった。 理研は理研でSTAP論文は捏造だったと結論しながら、本人を除いたメンバーでSTAPを検証するという訳の分からない行動に出た。
この理研本部の動きには、この問題をさっさと終わらせて次へ進もうとする意図がアリアリと見える。そして、この迷走した動きには特定法人指定に絡む政治的意図と圧力が影響したことは想像に難くない。結局、これが原因でSTAP問題は拗れ続けて遂には死者まで出してしまった訳だが、その元凶は理研の理事達であることは間違いない。

STAP
騒動は、理研の対応が迷走する中、大隅典子理事長を筆頭に分子生物学会理事達が適正手続きそっちのけで「実験阻止」の圧力をかけるという、これまたまったく公正さを欠いた形でものごとが進んでいき、NHKを筆頭に科学分野に強いメディアは権威を鵜呑みにした報道を続けていくことになる。そういう意味で、大隅典子氏は理研の迷走に脇から銃を乱射してこの問題を引っ掻き回した重大な戦犯だと私は思っている。
このように、迷走する理研に向けたつもりがあらぬ方向に批判の銃を乱射する科学者達とメディアがタッグを組んで一方的な流れが出来たのだが、そんな中で「本人の手による再現実験」という至極まっとうな主張を展開したのが一研究者・教育者の意見というブログだった。しかし、viewにおいては小保方まっ黒の心証をお持ちのようなので理研改革委員会の、議論の前提に証明されない決め付けを置いた一方的過ぎる論理を問題とは思わなかった様子。
そういう中で小保方氏は、理研認定の「捏造犯」の札を下げ、理研の首輪は繋がったまま道端に放り出され、
3ヶ月以上も袋叩きに遭った挙句、完全に犯罪者扱いで「さあ、ご希望に通り再現実験の場所を用意したのであなた自身の手で証明して見せなさい。」となったのだ。

こうした科学者社会の行いを目にした大衆の間に、小保方氏に対する同情と共に陰謀論が跋扈してしまうのも自然の成り行きで、このデタラメさはすべて科学者たちの責任ではないかと私は思う。陰謀論やデマやニセ科学などが勢いづくのも、マスコミや無知な大衆の責任ではなく、ひとえに正義の側に立つ科学者達の傲慢さが招いた結果と言える。
小保方氏らに対する過剰なバッシングも、マスコミが扇動しているのでもネットの匿名連中が引き起こしているのでもなく、その本質は科学者達の暴力的な決め付けにある。マスコミもネットの匿名連中も権威の尻馬に乗ってお祭り騒ぎをしていたに過ぎない。



STAP
を巡る基本的な構図としては「若山氏を神輿に担いだ正義の有志」vs「祭り上げた小保方氏をさっさと切り捨て欲と保身に走った理研」といった基本形があり、そこに異物として放り出された小保方氏が転がっていて、笹井氏は八方からの板ばさみ状態にあった。

そして、若山氏を神輿に乗せた正義の有志にマスコミが完全に同調してしまったために、一方的で苛烈なバッシングが巻き起こってしまったことが、何よりの不幸だったと私は思っている。NHKは理研有志を情報源とするリーク報道を続け、毎日新聞は若山氏周辺を情報源とするリーク報道を続けた。こうして有志達によるSTAPを巡る聖戦は、「若山氏を神輿に担いだ正義の有志」vs「祭り上げた小保方氏をさっさと切り捨て欲と保身に走った理研」の構図を取りながら、科学報道では飛びぬけて影響力のあるNHKの実際の攻撃目標は間に挟まっていた笹井氏個人や、外側に放り出されている小保方氏に対する批判に集中してしまったのだ。NHKの次に報道量の多かった毎日新聞は、あくまで基本構図を外れることはなかったが、視点がやはり「正義の有志」と共にあったためバランスを失っていた。そういう一方的な報道を受け、世間では小保方批判派と小保方擁護派という形に分かれて行った。これを単純化すると正義を支持する小保方批判派と権威を疑う小保方擁護派という図式が出来上がっているのだ。

こういうマスコミ報道と世間の騒ぎの後押しもあり、科学界のSTAP研究そのものに対する視点は完全に公平性をなくしてしまった。改革委員会で、研究不正疑惑の当事者である若山氏の見解が不正追及側の参考意見として扱われるというのはどう考えてもおかしな話だろう。(改革委員会のデタラメさについてはこちらで詳しく論証されている)別に若山氏が何かをしたというわけではなく、彼は不正を糾そうとする科学界の中で、なにやら正義の象徴のように扱われていて、このバランスの悪さは真実の結果を得るには致命的だろう。更に副作用として若山氏に対し筋違いな悪意を向ける人達も現れるという反動も招いている。

この問題の元凶である理研の理事達はしっかり責任を取るべきだが、私は野依理事長ら戦犯を裁いただけは何も解決することはないと思う。直接にも間接的にもこの問題に関った科学者達は、この騒動で何が起きたのか、自分達がいったい何をしたのか、自分達の言動が社会にどんな影響を与えたのか、振り返る必要があるだろう。


*2月12日加筆修正

とあるお店で幽霊騒ぎが起きました。
そのお店では妖精が見つかったというニュースが話題になったのですが、妖精を見つけた子供がチョコを万引きしていたことが後から分かりました。大人たちは「手癖の悪いアイツのことだから、客を殺してその幽霊を自分たちに見せたのに違いない」と言ってみんなで子供を責め立てました。子供は「チョコは食べたけど盗んだつもりはなかったんだ。でもそれは悪いことだったんだよね。ごめんなさい。でも僕は人を殺してなんかいないよ。みんなが見たのは幽霊じゃなくて妖精だよ。」と言いました。大人達はみんな「幽霊の正体は妖精なんかじゃなくて人の死体に決まってる」と言いました。

店長さんが出てきて「この子は泥棒です」とだけ言って、幽霊のことを誤魔化そうとしました。それを聞いた近所の子供やおばさん達は「幽霊のことはどうなったんだ。チョコを盗むような子供は人を殺したに決まってる」と大騒ぎです。


幽霊騒ぎが大きくなって収まりそうにないので、店長さんの依頼で幽霊調査隊が出来ました。聞き取り調査では、子供はチョコ以外にアイスクリームも食べていたことが分かりました。さらに調査隊に協力する調査員がお店の中にあった幽霊の標本を見つけて詳細な検視をしました。検視したのはお店の店員でした。店長さんと仲が悪いことで有名です。
その頃、妖精を見つけた子供は自分が人殺しをしてないと証明するために妖精を捕まえようと頑張りました。でも結局妖精は現れませんでした。検視の結果、子供が見つけた妖精の正体はどうやら死体らしいということも分かりました。ただ、この死体が事故死なのか他殺なのかは分かりません。

調査員の報告を受けた隊長が「事故死ということは考えにくいので恐らく他殺と思われます。犯人は分かりません。」と言いました。
ある人は「論理的帰結としてその子供が犯人です。」と言いました。
ある人は「犯人は他にいる。その子は嵌められた。」と言いました。
ある人は「事故死が他殺に見える調査隊の目はフシ穴だ。」と言いました。

店長さんは、幽霊調査隊の調査報告をおばさん達に見せる前に子供を自分の手から離していました。そして少し経ってから「この子は実にタチの悪い泥棒でした。」とおばさん達に伝えました。おばさんから殺人のことを問い詰められると、店長さんはゴニョゴニョと意味不明なことを口走りました。

そしてまた「客を殺した子供を絶対許すな!」と近所の子供達の大騒ぎが始まりました。



その様子を見ていた少年はつぶやきました。「そもそも、本当に死体はあったの?」
少年は大人を信用できなくなっていました。調査隊のことも信用していません。
その少年は言います。「幽霊を見て死体だ死体だと騒いでいた人達の中に、標本に細工をした人がいるんじゃないの。妖精が死体に見えるようにこっそり化粧した人がいるんじゃないの。」

かくして妖精伝説はこの先もずっと生き続けるのでありました。
どんどはれ

STAP細胞論文に関する懲戒処分についての記者会見の際に、理研は刑事告訴の可能性について検討するとしていたが、告訴は見送られることとなったとの報道があった。
http://www.yomiuri.co.jp/science/20150316-OYT1T50081.html

この告訴見送りは事実を推定するにあたってわりと大きな意味を持つ。

もしも理研が、小保方氏が単独でES混入をした可能性が高いと判断していた場合、暴挙としか言えない石川氏の場合と違って理研には告訴するだけの根拠があるし、刑事告訴し事件化した方が詐欺師に騙された被害者の立場を取れるので、理研にとって大きなメリットがある。小保方氏が単独で詐欺行為を働いていた場合、理研が小保方氏を守る理由などどこにもないわけで、被疑者不詳の偽計業務妨害罪で告発して捜査を司法に任せることで、名誉毀損などの訴訟の危険を負うこともなく真相解明に繋げることが出来るし、それが理研の信用回復のために最も効果的な対応と言えるだろう。

もし本当に誰かが故意に混入させた可能性が高いのであれば『告訴の要件に該当するような疑義がない』とはならないわけで、仮に捜査が行われた結果として犯罪性が認められずに立件に至らなくても理研には何の責任も生じない。理研は被害を報告すれば良い事なので、そこに犯罪性があるかないかは理研が立証すべきことではない。
なのに告訴をしなかったということは、理研本部も小保方氏はやっていないと認識している可能性が高く、それは即ち石川氏が刑事告発した窃盗事件も存在しないということだし、そうなると告発者側に何らかの嘘がある可能性も出て来る。あるいは、不正調査にあたって関係者がなんらかの不法行為を働いていて、それを表沙汰に出来ないという可能性もあるかも知れない。
いずれにせよ、小保方氏が故意にES混入をした事実はなかったと言って良いだろう。

 理研の運営・改革モニタリング委員会の議事録にこういう一文がある。

 『小保方氏個人の故意ということで済ますことができれば話は単純だったと思うが、第二次調査委員会の結果それができなかったので、理研の管理体制や組織体制の問題に大きな疑念が残ったままになってしまった。』

 理研にしてみれば小保方氏個人の故意で済ますことができれば何よりのことである。ここから読み取れることは、STAPの調査は最初から最後まで「小保方氏個人の故意」に焦点を当てているということで、これは冤罪事件の典型的パターンだ。


 理研は最初からずっと小保方氏個人の故意ということで終わらせたがっていた。そして、桂調査委員会の最終報告では、STAP細胞とされたものが実際はES細胞であったとほぼ断定され、偶然のコンタミは考えにくく故意により混入された可能性があるが行為者の特定は難しいとされた。もしも、小保方氏がES細胞をSTAP細胞だと偽って共著者達を騙し続けていたのなられっきとした犯罪行為である。
 桂報告書にあるように、誰かが故意にES細胞を混入させ実験計画と異なる不正な実験にしていたのなら、行為者が特定できないだけで『告訴の要件に該当するような疑義がない』とはならず、被疑者不詳での告訴は可能である。影響の大きさからして「偽計業務妨害罪」の告訴は受理されるだろう。理研に立証責任があるわけではないので、故意である「可能性が高い」という専門家の意見があれば問題なく事件として扱われるだろうし、捜査の結果、嫌疑不十分で立件出来なかったとしても理研には何の責任も生じなければ、被疑者不詳での告訴であれば訴訟の危険もない。


 理研が小保方氏の単独犯行の「可能性が高い」と認識しているのであれば、理研には積極的に告訴すべき理由がある。なのにそれをしなかったのだから、小保方氏の故意による混入の「可能性は低い」と判断するのが妥当だろう。そして、真相は藪の中だ。
 結局、告訴検討云々は組織責任から目を逸らすためのブラフでしかなかったのだ。こうして理研は小保方氏側から訴訟を起こされる危険を避けつつ故意の可能性を示唆することで個人の責任を強調し、文部科学大臣に「一定の目途が立った」と言わせることに成功した。

 この1年間の報道を振り返ると、毎日新聞とNHKの報道量が突出していたが、両者の報道の質は異なっていた。NHKの場合は徹底的に個人攻撃を続けていて、結果的に理研本部の思惑通りの流れを作っており、その方向性が他の報道も牽引することによって、新聞等での組織批判が相対的に目立たなくなっていて、それが特定国立研究開発法人化への道筋をつけるのに一役買うこととなった。NHKはジャーナリズムの反対側にいる。

STAP問題は、理研の最終的な対応から見て小保方氏がES細胞を故意に混入した可能性はほぼなくなり、他の可能性も分からぬまま真相は藪の中となったが、どうしても小保方氏を追い詰めないと気がすまない者が理研内部にいるらしい。野依理事長の記者会見(実質的な終結宣言)のタイミングに合わせて調査委員会での証言をNHKにリークした者がいたのだ。

NHK
の藤原記者も、どうしても小保方氏を追い込みたいらしく、調査員とのやり取りを都合よく利用し「小保方氏が嘘をついた」という印象操作に走った。調査委員会での証言と記者会見での発言が矛盾していると言うのだ。
http://blog.livedoor.jp/obokata_file-stap/archives/1023340333.html
(註:当初リンクしていたNHKのページがリンク切れの為、コピーのあるページに差し替え)

調査委員とのやり取りで、小保方氏はスペクトルによる赤緑判別をしなかったことを「甘かった」としているが、笹井氏が証言した方法による確認を否定しているわけではない。そこに書かれた会話の前後の文脈も分からず、(中略)とされた部分は会話を歪曲して伝えるためにマスキングした疑いもあるが、時系列で見れば若山研でマウスが光りキメラマウスが出来たことで自家蛍光の判別もしなかったことを「甘かった」と言っていて、笹井氏と丹羽氏が参加し論文を仕上げる段階ではFACSによる確認をして「自家蛍光でないことを確認した」ということになるだろう。
ところがNHKの報道では、小保方氏が記者会見で「自家蛍光でないことを確認している」と発言したのがあたかも嘘であったかのような印象操作をして、実際そういう風に受け取ってしまっている人も多い。

NHK報道姿勢は、こういう風に別の事実を巧妙に混ぜて「会見で嘘をついた」印象を与え、単独犯行説を強化させようとしている。同様の手口は、平成26727日放送のNHKスペシャル「調査報告 STAP細胞 不正の深層」でも行われた。番組ではあたかも小保方氏が細胞を盗んだと印象付ける演出をしていたが、その時も別の話を巧妙に混ぜた悪質な手法が使われている。その件に関しては「一研究者・教育者の意見」で検証されていて(検証記事補完記事)、私も別の角度から捏造の可能性について指摘している。NHKSTAP報道における印象操作は、昨年4月の不服申し立て会見の後の「証拠を提示しなかった」連呼の頃から徹底している。こういう悪質な印象操作をしてまで個人を追い込もうとするNHK、いったい何をしようとしているのか。笹井氏ひとりだけではまだ殺したりないのか。
NHKこの問題は、報道のあり方として厳しく追及される必要があるだろう。

NHKのスクープとして320日に流れたニュースについてもう一度考えてみた。かなり妄想が入っているのでその点は断っておきたい。

 STAP細胞の問題で、万能細胞作製の決定的証拠とされた緑色に光り出す細胞について、小保方晴子元研究員が去年11月、STAPと判断するための確認が十分できていなかったという内容の証言を調査委員会にしていたことが分かりました。4月の記者会見の発言とは異なる内容で専門家は、理研は、詳しい証言内容を明らかにすべきだとしています。緑色に光り出す細胞は、体の細胞が、万能細胞に変わったものだとされ小保方元研究員らが去年1月の記者会見でもSTAP細胞が出来た決定的な証拠だと映像などを発表しました。

 これに対して、多くの専門家からは細胞が死んだ時に光る「自家蛍光」という現象でSTAP現象とは関係がないという指摘が出ましたが、小保方元研究員は、4月の記者会見で自家蛍光ではないことを確認していると否定していました。

 ところが、NHKが去年11月に小保方元研究委員が調査委員会に証言した内容を入手したところ「自家蛍光なんじゃないかとかそこまで思ってなかった」と話し、委員から「調べれば簡単に分かりますよね」と尋ねられると「やってなかった」「甘かった」などと答え、STAPと判断するための確認が十分できていなかったという内容の証言をしていました。

 映像は、自殺した笹井芳樹元副センター長がSTAP細胞を信じる根拠だと話していたもので理化学研究所の対応にも影響を与えたと指摘されています。東京大学医科学研究所の上昌広特任教授は「真相解明が遅れるなど重大な影響が出たおそれがある。STAP細胞は否定されたが小保方氏自身がどう説明したのか理研はもっと明らかにする必要がある」と話しています。これについて小保方晴子元研究員の見解を、代理人の弁護士を通じ求めましたが、回答はありませんでした。

このニュースがどういう経緯で流れたのか推理してみる。
STAP問題はリーク報道がやたらと多いのが特徴的だった。その情報源はいくつもあってNHKは情報源をたくさん持っている。私は、STAP問題におけるリークの動機は最低三つあると思っている。巨大な罠があったという陰謀説だともうひとつ増えるが、それはこの際除外する。三つとは、正義感によるもの、私怨によるもの、煙幕的に情報をコントロールしようとするもの。

そして、今回のリークは「正義の有志」でもなく、私怨によるものでもなく、理研本部を守ろうとする勢力による可能性が高いのではないかという気がしている。情報の内容から見て組織の上の方から得たと思われるからだ。


3
20日は野依理事長が記者会見を開き、STAP問題の実質的終結宣言が出される日だった。そのタイミングで流されたニュースだったため、このまま終結することが許せない「理研有志」の義憤によるものかと最初は考えた。そしてNHKの記者も強い正義感で「このまま終わらせてたまるか」という気持ちがあり、この情報に飛びついたのだろうと。しかし、良く考えるとどうも情報の質が下っ端の人間が手に入れるような性質のものではなかった。また、後に藤原記者が書いた記事で情報の中身が判明したが、先日指摘したように特にスクープと言えるほどの重要証言でもなく、隠蔽された事実を暴露すると言った性質の資料ではなかった。証言内容は不正問題とは直接関係がなく、単に小保方氏の未熟さを指摘する意味合いしか持たない中身であった。

ここで、改めて320日のニュースを見てみる。
このニュース原稿の書き方と後の記事を比較すると、もしかしたらこの時点では資料そのものはまだ入手しておらず、「いつもの情報源」からメール程度で「こういう話があるよ」というリークを受けた状態だった可能性もあるように感じる。いつもの信頼できる情報源であれば、紙ベースの資料がなくても報道される可能性もあるのではないか。そして、「いつもの情報源」がこのタイミングでリークした理由は「野依会見」と関係しているのは間違いないだろう。その動機だが、「このままでは終わらせない」という記者の思いとは別の、野依会見のニュースで予想される理研批判を、滅多に表に出てこない小保方証言というインパクトのあるニュースで国民の目を逸らしたい意図があったのではないだろうか。つまり、このリークには理研本部を守りたい意思が働いていたということだ。もしかしたら、今回の情報源は調査関係者自身ではなく、文科省からの出向者などの事務方なのかも知れない。
NHKSTAP報道は個人攻撃の度合いが強く、結果的に理研本部を守る方向に力が働いているのだが、もしかしたらNHKの「取材班」は、文科省と理研本部の情報コントロールに踊らされているのではないだろうか。そんなことを思ったりふとグルなのかとも思ったり。

 STAP細胞に関する研究不正問題に対する科学者社会の対応が滅茶苦茶であることは以前から指摘してきたが、その原因として、この問題が最初から科学の世界の枠を超えていることに科学者達が無自覚過ぎたことがあるだろう。STAP問題は昨年1月末に理研が開いた記者発表直後に社会現象化していた。そんな中で論文に多くの疑義が指摘され、日本社会全体を巻き込んだ大スキャンダルになっていたのだ。ところが、そういう中で「科学のルール」を大上段に構え、当事者達の人権も蔑ろにするような人々が「専門家」の中に数多く存在していたことが事態を悪化させてしまった。

 そもそも疑義の早い段階から、理研横浜の遠藤高帆氏が当事匿名の内部告発者として「
STAP細胞など存在しない」とネットを通じ広く社会に向けて発信し、論文を読んだ科学者達の間でも研究自体が捏造ではないかと疑われていたのだが、そうした問題に対して、不正調査は科学的手続きに基づき粛々となされるべきという建前をかざしながら、個人の人格にまで踏み込む発言を繰り返すという呆れるほどの多重基準で、マスコミやネットを通じて社会に向けて情報発信し続けたのが科学クラスタだった。その一方で、世間からの「STAP細胞はあるのかないのか」といった声を科学的ではないと切り捨てるという彼らの出鱈目さには本当に呆れる他はない。「STAP細胞がある」という著者が居て、「STAP細胞は存在しない」と言う内部告発者がいたら、世間が「STAP細胞はあるのかないのか」の話になるのは当たり前の話ではないか。

 STAP
問題が拗れたのは、もちろん派手な広報で世間の大注目を集めた論文に多数の疑義が出された際の理研の対応の拙さのせいであり、石井調査委員会が下した本丸を避けた不正認定のせいだろう。研究そのものが捏造だったのではないかと疑われたものに対して、調査委員会は図表に捏造・改竄があるといった論文の体裁上の問題で不正認定をして幕引きを図ろうとした。これは裁判で言えば殺人が行われた疑いがあるのに、器物損壊罪で起訴して判決を下してしまったようなものだ。殺人の疑いがあるのなら最初から殺人罪で起訴しなければならなかったのに理研はそれをしなかった。不正調査に対する当事の「STAP細胞はあるのかないのかの圧力」は、科学コミュニティも、マスコミも、世間も、被告人も誰一人納得することのない間違った裁判のせいだ。そして被告人は有罪判決を受けた器物損壊の件で理研と争っていたのに、周りは起訴されなかった殺人容疑で理研と被告を責め立てた。

 本来、こんないい加減な裁判が行われた場合には、高裁により一審判決は破棄され審理は差し戻されなければならない。差し戻しとは即ち「再調査」である。本来なら差し戻して再調査(再現実験を含む)をしなければならなかったのに、分子生物学会理事長を筆頭に科学者達は総出であらぬ方向に向かっていった。理研が行った裁判自体を不服としている被告人の言い分をまるで無視して、頭から有罪と決め付けた被告人を処罰するためにもっと重大な殺人罪を審理せよと理研に詰め寄ったのだ。そうして小保方氏の不服申し立ては問答無用で却下され、仕切り直して再調査という本来あるべき形に向かうことは出来なくなった。こうやって「日本分子生物学会理事長」大隅典子氏を筆頭とした科学コミュニティは、理研の対応に対して脇から銃を乱射し続け事態を引っ掻き回した。
 理研の迷走に拍車をかけたのは世間でも政治家でもなく、科学コミュニティの方なのだ。そして、理研改革委員会も同じく一審の被告人有罪判決を支持した上で、一審の審理が不十分だという訳の分からぬ二審判決を下した。そしてそのグチャグチャな流れを受け継いで桂調査委員会が最高裁判決を下したのだ。

 科学コミュニティは、死者が出るほどに問題が拗れたのをマスコミのせいにしようとするがそれは違う。過剰なバッシングについてはマスコミの責任は大きいが、それ以上にそれを誘発した科学者たちの出鱈目さに最大の責任がある。「分子生物学会理事長」大隅典子氏ら権威者達の無責任な言動や、岸輝雄委員長の下での改革委員会という権威の決め付けによって、マスコミや世論に「正義」の大義名分が与えられ、バッシングは苛烈さを増したのだから。そして今、もしかすると問題は取り返しの付かないところまで来ているのかもしれない。

 不正調査の最終報告書である桂報告書に対しては、ネット上で専門外の人達から色んなアラが指摘されているようだが、結局情報不足でネット議論で結論を得ることは難しいようだ。しかしその議論を見ていると、やはりご都合主義的な強引な解釈でSTAP=ES認定されているように見える。もしかしたら桂報告書は科学者の間では「触るな危険!」みたいな状態になっているのではないかという気さえしてくる。あまり深く突っ込むと「日本の科学者の恥」を世界中に晒すことになる、みたいな。
 しかし、もしも桂調査委員会がES認定した根拠について強引な解釈がご都合主義的に行われているのなら、学会の関係者は科学者としての矜持を持って真剣に再検証すべきではないだろうか。学会内から調査結果に対してこういった声は挙がっていないのだろうか。

 故笹井芳樹博士が亡くなってすぐの頃に見たテレビで、故人が「細胞を謙虚に見ていると秘密をチョロチョロっと教えてくれるんです」と楽しそうに話した様子が私は忘れられない。この場合の「謙虚に」とは「一切の先入観なく」というニュアンスだと思うが、これが本物の科学者の姿勢なのだと感じた。私は今でもあの言葉を思い出すたびに、テレビの中で研究に対する純粋な思いを楽しそうに語る姿と、先入観によって決め付けられ追い詰められた笹井氏の無念さが交互に胸に突き刺さり涙が溢れてくる。
 STAP問題について積極的に発言していた研究者達の中で多く見られた、ものごとを先入観を持って決め付ける人たちには、細胞は”絶対に”秘密を教えてはくれないだろう。

 日本の科学者たちは、桂報告を”なんとなく”受け入れてしまっているようにも思えるが、本当にそれで良いのだろうか。STAP騒動の顛末を見ていると、このままでは私は今後日本の生命科学が発展することはないだろうと感じている。いくらNHKが一押しで生命科学の特集番組を作りまくって人々の興味をそそろうとも、その担い手が日本で育つことはないだろう。

 私は、この問題に対しては当時「日本分子生物学会理事長」だった大隅典子氏の責任がもっとも重大だと考えているが、その次に罪深いのは九大の中山敬一教授だと思っている。この人は、STAP問題に対する「決め付け」の先頭を走っていたような人物だ。彼は研究倫理専門家として頻繁にテレビ出演し騒ぎを煽り立てていたが、彼の中では初めっから完全にSTAP問題に対するイメージが出来上がっていたようだ。

 彼は文藝春秋20146月号『小保方捏造を生んだ科学界の病理』という文章を書いていて、小説「リング」に登場する貞子の母「山村志津子」のモデルとなった御船千鶴子の「千里眼事件」を例に挙げている。
http://diamond.jp/articles/-/52870
 ここでは他にもシェーン事件など既知の事件になぞらえて好き勝手なことを書き散らかしているが、彼のイメージでは、小保方氏が貞子の母「山村志津子」で、笹井氏が貞子の父「伊熊平八郎」という設定なのだろう。ならば、「生き別れた息子」たるSTAP細胞は貞子ということになるのか。

 今年の1月下旬に理研OBの石川智久氏から「小保方晴子を刑事告発する!」として提出された告発状が、先月半ばに「被疑者不詳」の窃盗事件として受理された。これは、石川氏の意図した方向とまるで違う方向で捜査されているのだろうと私は見ている。私は、警察の捜査が余計な圧力を受けず進めば、もしかしたら事態は一変する可能性もあると思っている。そしてもしSTAP細胞が実在したとしたら、それは貞子の怨念により
「リングウィルス」となって日本の科学界を壊滅に導くことになるのかもしれない。

NHKスペシャル「調査報告 STAP細胞 不正の深層」について、「人権侵害の限りを尽くした」とする小保方晴子氏からの申し立てに、BPO放送人権委員会は審理入りすることを明らかにした。http://www.bpo.gr.jp/?p=8254&meta_key=2015
まさに「人権侵害の限りを尽くした」NHKの報道姿勢について、BPOは厳しく追及して行って欲しい。
NHK側は、この小保方氏からの人権侵害申立に対してこう反論している。

 「本件番組は、申立人がES細胞を盗み出したなどと一切断定していない」としたうえで、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」と反論した。

「盗んだと断定しない」ように「表現に配慮」したものだから人権侵害ではないと言いたいのか。

NHK
スペシャルが放送された翌日、元NHK職員でネットやマスメディアでも論客として大きな影響力を持つ池田信夫氏は「なぜ小保方氏はES細胞を盗んだのか」というブログ記事を書いており、問題の場面についてこう述べている。

 STAP
細胞と称するサンプルのDNAが若山研究室のES細胞と同一で、彼女の研究室の冷凍庫にも同じES細胞があった。ここまでは既報だが、そのES細胞をどこから入手したのかが問題だ。この番組では、元留学生が電話で「私は渡していない。驚いた」と話していた。
 これだけでは決め手にならないが、彼女の冷凍庫にあったES細胞が若山研究室のもので、誰もそれを渡していないとすれば、彼女が盗んだと考えるしかない。

実名でここまで「正直」に書いた人はあまりいないが、テレビ視聴者の「印象」としては大方こう受け止められていると言って良いだろう。事実、ネット上では「盗んだ」ことがまるで「事実」であるかのように流布していったわけで、元理研研究員の石川智久氏は「小保方氏が名声や安定した収入を得るため、STAP論文共著者の若山照彦教授の研究室からES細胞を無断で盗み出した」として刑事告発をした。(警察はその告発状は受理せず、被疑者不詳の窃盗事件として捜査)

この「風評」の原因がNHKスペシャルであることは疑いようがなく、「断定していない」という言い訳は通用するはずがない。番組放送と人権侵害の因果関係は明白であり、番組制作関係者の責任は極めて重大だ。

この「泥棒呼ばわり」については、小保方氏は両氏に対して名誉毀損で告訴する可能性もあると私は思っている。
裁判になった場合、池田信夫氏は「泥棒呼ばわり」の根拠としてNHKスペシャルの放送内容を挙げることになるだろう。すると司法によって番組制作の正当性が問われる可能性もあり、そこからNHKの不正が暴かれることになるかもしれない。一方、石川氏の場合は「泥棒呼ばわり」の根拠として「証言者」がいるはずで、それも司法によって暴かれることになるかもしれない。

BPO
の審理入りは、窃盗事件の捜査と合わせてSTAP事件全体の真相解明に近づく第一歩なのかもしれない。

東京オリンピックのエンブレムが、盗作疑惑でネットのお祭り騒ぎの末に佐野研二郎氏のデザインが使用中止となった問題で、この騒ぎがSTAP問題と同じだという声を見かけるが、キャラの立つ個人がマスコミとネットイナゴの餌食になっている点では同じだが、構図として両者はかなり違う。

エンブレム問題はマスコミとネットイナゴの襲来という「良くあるパターン」に対して、危機管理の甘い組織委員会の対応と、業界が佐野氏を守ろうとしたことで火に油を注いだ。デザインというのは「イメージ産業」であるのに、イメージ的に大衆から拒絶されてしまったものを、理屈で(しかも「素人には分からない」的な上から目線で)返そうとした組織委員会の愚かさは、理研の逃げ方とは対照的だ。


STAP
問題はマスコミとネットイナゴの襲来という「良くあるパターン」に対して、危機管理の甘い理研の対応があっただけでなく、業界がマスコミとネットイナゴと一体化して襲い掛かるという、他に類を見ない異常さがあった。科学の問題でありながら「善玉・悪玉」的なイメージが横行し、マスコミを利用した理研の逃げ方にも狡猾さが光っていて、大会組織委員会のダメっぷりとは対照的だ。

佐野氏はいま世間からの猛烈なバッシングを受け大変な状況にあるが、業界から見捨てられてはいないようなので、自殺といった最悪の事態にまで至ることはないだろう。STAP騒動で死者まで出てしまったのは、マスコミとネットイナゴと一緒になって、というより先頭に立って襲い掛かった専門家達の出鱈目さが最大の原因で、その時とは状況は大きく異なる。しかし、もしここで同業者で庇ってくれる人をなくして孤立無援になってしまったら笹井氏と同じことにもなりかねない。そんなことになってしまう前に、この騒動が治まることを願っている。デザイナー個人を責め立てても何一つ解決するものでもなく、もっと冷静に構造的な問題についての議論に立ち返ることが望まれる。

それにしても、感情に任せて思い込みで個人を追い詰める正義の恐ろしさに、大騒ぎしている人達はなぜ気付くことが出来ないのだろう。教育評論家の尾木直樹氏なども、しばしば自身のブログでニュースを賑わす「悪者」に焦点を当て、不確かな情報を基に思い込みで「悪者」を吊るし上げ非難するのを度々目にするが、こういう人がイジメ問題を語る様子は一体なんの冗談なのかと思ってしまう。ああいう風に感情に任せて正義の旗を振る者がいて、それに便乗して後ろで煽る者がいて、訳も分からず祭りに踊る者がいて。ネット社会における正義の暴走は誰にも止めることが出来ない恐ろしさがある。

STAP騒動の不幸は、kahoの日記「STAP細胞など存在しない」のレポートと、大隅典子日本分子生物学会前理事長のブログ「仙台通信」でまことしやかに噂された「杯様体」説が、NHK藤原淳登記者など科学記者達に「STAP細胞はES細胞に間違いない」という確信を与えてしまったことだろう。

先般、海外の研究チームから「STAP現象」と同様のものが報告されたというネット情報を見て、やはり遠藤氏の仮説は間違っていた可能性が高いと改めて感じている。ただ、遠藤氏がアクロシンとトリソミーで「STAP細胞など存在せず、あれはES細胞に違いない」と確信していたこと自体は、自分の仮説を確信するというのは研究者に良くあることだろうから、責められるべきことではないとも思っている。

想像するに、遠藤氏は論文のデータにSTAP細胞で使われるはずのないおかしなものを発見し、自分の仮説を著者らに突きつけたとき納得のいく回答が返ってこずに、笹井氏からは「もう少し慎重に調べなければならない。今は公表すべきではない」などの回答があったのだろう。それに業を煮やした遠藤氏が「kahoの日記」を始めて、社会に訴え始めたのだろう(この件について私は「公益通報に”類する”もの」という評価を一応している)。しかし、これは不正揉み消しなどではなく、単に「自分の見解を上司に一蹴されただけ」という見方も出来るだろう。

そして、この流れは若山氏の論文撤回呼びかけへと繋がっている。若山氏も、データにおかしなものがあり、「信じられなくなった」ということで、共著者に論文撤回を呼びかけるところまでは理解できる行動だ。

しかし、ここからが問題なのだが、若山氏はいきなりマスコミの前に出るのではなく、笹井氏らとしっかり話し合うべきではなかったか。なぜ若山氏は話し合いもせず逃げ出したのだろう。遠藤氏の仮説もまるで「真実」であるかのごとく流布させるのではなく、学会内部で慎重に検討されるべきものではなかったか。

ところがそうならなかったのは、遠藤氏と若山氏を神輿に担いだ人たちがいるからだ。以前から批判している日本分子生物学会理事長以下理事達や、遠藤氏の後ろ盾となった理研内部の人達の責任が大きい。彼らは、遠藤氏の仮説を無批判に支持して、若山氏の言い分を丸ごと鵜呑みにして、学界の権威の立場からSTAP潰しに向かう発言を繰り広げた。

マスコミもすっかりそれに同調して、リーク報道合戦。あまりに出鱈目すぎやしないだろうか。
STAP細胞など存在しないのですから」から始まったこの狂乱は、論文著者達の周りで何が起こっていたのか最初から見直されなければならないだろう。

そして今、科学者がやるべきことは、「あれは本当にES細胞だったのか」ということを見直すことであり、
マスコミがやるべきことは、小保方氏に「絶対にSTAP細胞を再現してください」と言い残して亡くなった笹井氏が「真偽の判断には理研内外の予断ない再現検証が必要である」と言っていた「STAP現象」と同じものが海外の研究チームから報告されているということを報道することだ。

STAP細胞論文に関する不正調査の最終報告書である桂報告書には、小保方氏からのオリジナルデータの提出がなく、そのため論文データとの照合ができなかった旨が記されており、その事実が小保方氏が捏造を行った傍証だとする言説がある。それに対する反対意見を書くうちに、少し整理できたものがあるのでそれを記しておきたい。

小保方氏が、自分が行った研究に対して疑義を呈されているのに元データを提出しないのは、確かに研究者として非常に「不誠実」な態度に見える。データ提出の拒否は言わば黙秘権を行使するようなものだが、このことが小保方氏に対して疑わしい印象を与えてしまっているのは確かだろう。しかし、実はその前に調査者側の「不誠実」が先にあるということは、理研の不正認定のあり方を見れば明らかだ。

当初、理研の石井調査委員会は、疑義が指摘された論文の体裁上の問題のみを調査した。そして、単なる画像取り違えと、結論に影響しない不適切な加工程度の問題で、理研の規定では解雇処分となる「不正認定」をしつつ、小保方氏抜きでの検証実験を進めようとしたのが理研である。これは「小保方クビにして成果は横取り」にしか見えない

小保方氏は、これに対して調査のやり方そのものを不服として「理研以外の第三者による再調査」を求めて不服申し立てをしたが、理研はそれを却下し「不正が確定」した。この時点でもう小保方氏は懲戒処分を待つ身であり、これは理研の規定では懲戒解雇または諭旨解雇に相当する。

しかし、研究自体が捏造ではないかとの疑惑が解決されていないため、不正調査は理研改革委員会から桂調査委員会の調査へと引き継がれた。ところが、小保方氏は既に「不正が確定」しているので、本来、この調査に協力する義理などない。データを提出したからと言って石井調査委員会の決定が覆る訳でもなく(この流れの異常さは前にも指摘)、であれば、将来どこか別の場所で研究をやり直すためにデータ提出を拒むのはある意味当然のことだろう。信用の置けない調査者に対して頑なにデータ提出を拒み、再現実験だけに身の潔白を晴らす望みを賭けていたということなのだろう。

こうした異常な流れがあるため、小保方氏を一方的に責めるのはおかしいということを私は以前から主張してきたが、世界中の誰も再現できていないため「STAP現象など存在しない」を前提とした異様な空気に支配された中では虚しいだけだった。○
「STAP騒動のこと」「科学者社会は何をしたのか」

が、海外の研究チームから「STAP現象」と同様のものが報告された今なら、不正調査を最初から見直そうという「良心的な科学者」も出てくるのではないかと期待している。

桂報告書の「STAP細胞はすべてES細胞由来」とする結果は、遺伝子解析で細胞的には辻褄があっていても、その結論では人間の行動としてはまったくあり得ない不合理さがある。○
「世界三大不正」 ○「小保方晴子氏の行動原理」
誰もが感じるこの矛盾に対して、正面から異議を唱えるには「誰も再現出来てない」の壁が立ちはだかっていた。だから、小保方批判に熱心な科学者達やそれを鵜呑みにしたマスコミでは、この大きな矛盾から目を逸らし「STAP現象など死にかけの細胞を勘違いしたオボちゃんの妄想」として片付けられていた。特に、NHKの報道姿勢は完全にこの決め付けを前提としたものだった。

ところが、刺激によって細胞がリプログラミングされることが海外で実証され、STAP実験で見られた現象が死にかけの細胞ではないことが明らかになった。「世界中の誰も再現できていない」の壁は無くなったのだ。
こうなってくると、桂報告書の矛盾について今度は「細胞の辻褄合わせ」が間違っているのではないかと考えるのが自然だろう。

もう一度言おう。
いま科学者がやるべきことは、「あれは本当にES細胞だったのか」ということを見直すことであり、マスコミがやるべきことは、小保方氏に「絶対にSTAP細胞を再現してください」と言い残して亡くなった故笹井芳樹博士が「真偽の判断には理研内外の予断ない再現検証が必要である」と言っていた「STAP現象」と同じものが、海外の研究チームから報告されているという事実を報道することだ。

ところが、科学と社会の架け橋であるサイエンスライターは、いまだに
「研究不正とSTAP現象とは別物」だと言い張って現実を見ようとしない。ちょっと考えれば「ES細胞による偽装」という研究犯罪と、STAP現象のあるなしが別問題であるはずがなく、問題の核心から目を背け続ける科学ジャーナリストなど存在する意味がない。

そして改めて思ったのが、これは典型的な冤罪事件なのだろうということだ。この事件では、厚生労働省村木厚子氏の冤罪事件におけるフロッピー改竄と同じような問題があったのではないかという思いが、いま、私の中で強まって来ている。
「正義の暴走」「みんな単純な話を求めている」

STAP細胞問題について、「反オボ」の論理的不整合を科学的な面で批判している「DORAのブログ」では、STAP細胞論文における若山氏の責任問題について論じられている。DORA氏は、若山氏が「こういう図が欲しい」と言ったことが捏造教唆に当たるという論を展開しているが、それは強引すぎるという反論が科学界の人と思われる人からなされている。その人の論理の根本にあったのが「ところが、キメラがフェイクだった」というものだが、それを「前提」としているところに、私は騒動の縮図を見た気がする。
確かに桂報告書の結果を信じれば「キメラはフェイク」と見なすことになる。だから、それを前提とすることが特に間違った論理展開であるわけではない。が、桂報告書は相当疑わしいものではないかというのが現在の状況である。「キメラがフェイク」については、STAP事件の根幹をなすものだ。そして、若山氏が「キメラはフェイク」と思い込んでしまったところから、悲劇は始まっている。

ここからは完全な妄想になるので、その点はあらかじめ断っておくが、STAP騒動の悲劇は、若山氏の耳元に「小保方晴子は詐欺師」と囁きかけ唆した者がいて、それを信じた若山氏がマスコミと一緒になって大暴れしてしまった末に起きてしまったものではないだろうか。

例えば、日本分子生物学会理事の近藤滋氏はツイッター上で公然と小保方氏を「詐欺師」呼ばわりしていたり、テレビに頻繁に登場していた上昌広氏は「「小保方さんが実験している姿はあまり見たことがない」「彼女はまともな研究者ではない」という「噂話」をマスコミに流したりしているが、どちらも小保方氏とは会ったこともないはずだ。

こういった、伝聞や思い込みで人物像を決めつけるタイプの人間が理研の中にいたとして、若山氏の耳元に「小保方晴子のbehavior」について、あることないこと吹き込んだ上でマスコミを紹介すれば、素直な若山氏が自分が詐欺師に騙されたと思い込んで、共著者間での話し合いもしないまま「いきなりマスコミの前で撤回呼びかけ」という意味不明な行動を取ったのも理解できないこともない。

あとは、業界総出で若山さんを神輿に担いでワッショイワッショイだ。理研内部の権力闘争と、ライバル研究者の反STAP勢力と、笹井さんや理研に嫉妬する大学教授たちと、「不正は許さん!」と言う正義な人達と、マスコミと、それらの利害が一致して怒濤のSTAP騒動が起きてしまった。

この、若山氏を唆した人物は、理研の中でそれなりの地位にいてNHKに情報をリークしまくっていた。そして、NHK記者も若山さん同様その人物をとても「信用」していた。その結果がNHKの執拗な小保方バッシング報道であり、例のNHKスペシャルだった。

って、コナン君が言ってました。

岡山大学で研究不正を告発した教授ふたりが解雇された問題が、いまネット上で話題になっている。

この問題は、20142月に週刊誌で報道されたことに端を発して、STAP騒動真っ只中に起こっていた問題で、完全にSTAP騒動の狂乱の陰に隠れてしまっていた上、20149月には批判サイトが立ち上がっているものの、かなり偏った言い分のため世論の賛同を得ることも難しく、告発者の救済に資することはないまま現在に至っている。
サイエンスライターの片瀬久美子氏は、昨年の後半からこの問題を取り上げ、その流れを受けて研究者の中からも岡山大学の対応を問題視する記事も見られるようになった。

「岡山大学の問題は、全国の大学が抱えている問題か?」2015/09/21
http://blog.livedoor.jp/pyridoxal_phosphate/archives/43635210.html
「岡山大学の良識を問う 」2015/12/07
http://blog.livedoor.jp/pyridoxal_phosphate/archives/49692159.html

しかし、STAP問題ではあれほど大騒ぎしたマスコミや科学界からはこれといった声も挙がらないまま、昨年末にはとうとう不正告発者が解雇されるという事態にまで発展してしまった。
森山・榎本両教授の解雇が決定した今年になってから、1月3日には毎日新聞が不正調査の問題点を指摘する記事を出したが、今頃になって言い出しても手遅れ感しか感じない。112日には、告発者の森山教授と、解雇を発表した岡山大学が同じ日に記者会見を開き、NHK岡山放送局毎日新聞などが報道したが、STAP報道ではリークというエサを貰ってスクープ報道しまくっていたマスコミも、取材対象が積極的にエサを撒いてくれなければ何も報道できないという取材力のなさを見た思いがする。(いま確認したらNHKはリンク切れで記事が見つからない)


『半年前、ある記者に岡山大学の件を記事にできないか相談した時、「STAPの時の様に主要な大学の先生方が問題視する声を上げてないから、記事にするのは難しいですね」と言われてスルーされました。』
https://twitter.com/kumikokatase/status/686048913011286019

これは110日の片瀬久美子氏のツイートだが、マスコミがこういった問題を記事にするには「主要な大学の先生が問題視」しているかどうかが判断基準のようだ。「権威のお言葉」がなければマスコミ自身では判断できないということらしい。そして、STAP問題ではあれだけ大騒ぎした中山敬一氏も大隅典子氏も近藤滋氏も、不正告発者が解雇されてしまう事態になった岡山大学の問題は「問題視していない」ということになるのだろう。アカデミアもジャーナリズムもなにも機能してないではないか。

NHKの記事削除も理由が気になるところだ。確か大学側に大きな問題があるという印象を与えるものだったと記憶しているが、誤報だったのか書き方が誘導的だと揉み消されたのか。ミスリードも駄目だが、理由も告げずに削除して「なかったこと」にするのも問題だろう。NHK科学文化部のツイッター・ブログでも不正告発者が解雇され大学を提訴している件について一切触れていない。両者の言い分の食い違いについて事実確認が出来ないため、迂闊なことが言えないということなのかもしれないが、記者会見まで開いて公表されている「不正告発者が解雇され大学を提訴しているという事実」さえ報道出来ないとは、マスコミの無能さもここまで酷いとは思わなかった。

ところで、問題の発端となった「週刊ポスト」の記事を書いた伊藤博敏記者は、経済事件を得意としているフリージャーナリストのようで、医療やアカデミアとは縁遠い人のように見える。森山教授とこの記者がどういう形で繋がったのか不明だが、学問的な正義でもなく、学内権力闘争の問題でもない、別の理由から「不正告発」をしようとした勢力がいて引き合わせたのではないかという気もする。扇情的な支援から受ける印象でしかないが、森山教授を神輿に担いだ人の中に、不純な動機を持つ人があるようにも感じる。
問題がここまで拗れてしまったのは、この辺のやり方に問題があったからなのかも知れない。

いずれにせよ、不正告発が原因で研究環境を奪われてしまった森山・榎本両教授と学生達は、いままさに大変困難な状況下に置かれている。不正告発者が解雇される事態に至るまで、アカデミアは知らん顔をし続けていた。いまさら『研究不正の指摘を理由に大学を解雇されるのであれば、誰も不正の摘発はできなくなる。なんとかしないといけない』と言われても鼻白むばかりだ。
https://twitter.com/turingpattern/status/687129917507506176

岡山大学には、岡山大学病院を「地域医療連携推進法人」化し地域医療ネットワークを構築する「岡山大学メディカルセンター」構想があるらしい。http://mainichi.jp/articles/20151211/ddl/k33/040/554000c

岡山大学
の不正対応の問題は構図的には理研とそっくりだ。
「特定国立研究開発法人」のためにSTAP細胞論文の不正問題を大急ぎでテキトーに処理してお茶を濁そうとした理研では、「正義の有志」が立ち上がり、アカデミアからは「不正の実態を明らかにせよ!」と「声明」まで出して大騒ぎをしたが、「地域医療連携推進法人」のために不正問題を揉み消そうとした岡山大学では、「ふたりの教授」が立ち上がったものの、アカデミアからは無視され大学からは解雇されてしまった。

構図としてまるで瓜二つなのに、アカデミアもマスコミも正反対の反応になっている。まあ、マスコミが「権威のお言葉」の拡声器でしかないことは、STAP騒動でも明らかだったし、片瀬久美子氏のツイートでも裏付けられてはいるのだが。また、今月3日に毎日新聞が記事にした「不正調査の問題点」は細かい話でしかなく、岡山大学の問題は近視眼的な科学記者よりも社会部記者が扱った方が良い問題だろう。
片瀬氏の場合はSTAPの時と同じスタンスで行動に一貫性があるので、近視眼なりに信念を貫いていただければ良いのだが、某男性ライターのようにiMuSC細胞論文が意味することについて自分の頭で考えることもなく、著名な科学者のネット証言を継ぎ接ぎしたような「権威のお言葉の受け売り」しか出来ない中途半端な科学ジャーナリストの存在価値はやっぱりないだろう。不正告発者が解雇されても無視し続けている「学会の偉い先生」達の存在も。日本のアカデミアと科学報道は一蓮托生で壊れている。

STAP問題では『日本を代表する研究機関である理研で起きた前代未聞の研究不正の解明にあたり、理研内で真相と科学的真実の解明のため勇気ある行動をとっている研究者が複数名いることは、理研にとって大きな救いである。』とまで褒め称えた理研改革委員会の先生達は、いまどうしてるのだろうか。
STAP騒動の際、理研は自主的に不正調査に乗り出した有志達の研究環境を破壊するような不当なことは全くやっていなかったと思われる。逆にCDB解体を提言し、彼らの研究環境を破壊しようとしたのは国立大学の教授達で構成されていた理研改革委員会の方だ。
一方、岡山大学では不正調査に乗り出したふたりの教授達の研究環境は完全に破壊されまった。STAP騒動であれだけ騒いだ人達は、森山・榎本両教授の「勇気ある行動」に対して見て見ぬふりを続けている。というよりも、両教授の「真相と科学的真実の解明のための勇気ある行動」は、国立大学法人にとっては邪魔臭いだけの存在なのかも知れない。


今回の問題がここまで拗れたのは、STAP騒動で不正論文=研究犯罪というイメージで大変なバッシングが起きたことも要因のひとつなのかも知れない。森山教授らのスクリーニングで発覚した細かい疑義に対して、指摘された側が不正批判の恐ろしさに完全否定で逃げようとした的な何かがあったのかも知れない。

STAP
騒動の際に、不正論文=研究犯罪的な世間のイメージを煽って炎上させたのは、サイエンスライター片瀬久美子氏だったり、科学雑誌「日経サイエンス」編集部の古田彩氏だったり、中山敬一氏、大隅典子氏、近藤滋氏ら日本分子生物学会理事達だったりする。なんせ「詐欺師の持ってきたデータ」呼ばわりなのだから。
石井調査委員会の記者会見後しばらく私は「科学語は正しく日本語に翻訳されなければならない」という主張をしていた。石井調査委員会の不正認定で使用された「捏造」と「改竄」という言葉が、調査委員会から具体的内容を説明された行為に対する日本語として正しくないからだ。論文の体裁上の問題と研究犯罪としての不正問題を分けることなく「不正は不正」として同じ扱いをされた結果、2014年4月1日の理研の公式発表で小保方晴子氏は「捏造犯」とされてしまった。

科学者達が批判するマスコミは、NHK藤原淳登記者だったり毎日新聞須田桃子記者だったりという科学専門記者が「権威のお言葉の拡声器」の役割を果たしているに過ぎない。更に陰からリークしまくる放火魔までいれば尚のことだ。権威のお言葉によってSTAP騒動の狂乱が巻き起こり、大変なバッシングを引き起こしてしまったのだ。そして、日本分子生物学会理事ら生命科学の専門家達は、業界の清廉を装うために小保方氏の研究成果すべてを捏造の産物と決めつけ、故笹井芳樹博士が「STAP現象を前提としないと説明できないデータがある」と言い、理研内外で予断のない検証をすべき「合理性の高い仮説」であると訴えたSTAP細胞研究を叩き潰してしまった。



STAP細胞論文に対する理研の拙速な不正対応が引き起こした悲劇を見て、私はこういった不正問題の対策には「第三者機関の設置」が急務だと安易に考えていたのだが、それは即ち「大学の自治」を放棄することだと指摘されて、言われてみればそうだなと気付いた。しかし、岡山大学のような事態を招かないためにも、大学の自治など放棄して不正問題に対応する公的機関を設置する必要はありそうだ。ただしその場合、その運営資金はどこから出るかと言えば、科学予算の枠内なので「アカデミアの人たちに配られるはずだった研究費を削って捻り出す」ことになる。当然、公的機関を設置するとなれば不正まみれの生命科学系の予算を削って捻出するのが筋だろう。科学予算とは別枠で公正取引委員会みたいなのをという考えは図々しい。基本的に業界内で処理すべき問題なのだから。

結局、理研にしろ岡山大学にしろ、こうした事態になってしまっているのは「学者さんには統治能力がない」ことが主な原因ではないかとやはり思ってしまう。理研と岡山大の問題の教訓としては「科学者に政治的な力を持たせてはいけない」ということだろう。理研や岡山大学で
ガバナンスが機能せず学問の自由が脅かされているのは理系学者が権力を持ったせいだと私は思う。博士論文の不正問題が指摘された早稲田のように、学長が法学系ならこんな事態になる訳がない。
ちなみに、再生医療で最先端を目指すハーバード幹細胞研究所の所長は、学者さんではなくMBAを取得しているビジネスマンだ。http://hsci.harvard.edu/people/brock-reeve-mphil-mba

こういった流れの末に、日本の科学を取り巻く環境は、学生や研究者が落ち着いて研究に専念することが出来ない状況になって来ているように思えるが、これは結局、学界の偉い先生達が自分で自分の首を絞めてしまったことなのだ。STAP騒動で生命科学分野の構造的な問題が表面化してしまった今となっては、本気で研究の道に進みたい若者にとって、日本のアカデミアは自分の将来を賭けたいとはとても思えるような所ではない。研究者を目指す頭の良い若者達が選ぶ進路は日本ではないのだろう。

森山・榎本両教授に対する岡山
大学の仕打ちに今さらになって「なんとかしないといけない」と声を挙げている大学の先生達は、今まさに研究環境を奪われている人達を研究室ごと自分の大学で引き受ける位のことをやれば良いのにと私は思う。「裁判所に任せるしかないのか?」などと悠長なことを言ってないで。

 小保方晴子氏の手記「あの日」が出版されてから、社会の反響も大きく増刷を重ねているようだが、アマゾンのレビューを見ると「批判的レビュー」の異常な多さがまず目を惹く。しかし、その多くが実際に本を読むことなく、ただただ小保方氏の人格を非難する言葉が並んだものが殆どだ。発売直後から1週間程の間トップレビューとして表示されていたものは、山口大学医学部講師の肩書きを持つ研究者のものだったが、本を読むことなく書かれたもので、本の内容に無関係な人格攻撃の言葉が並んだ異常なものだった。これは今は削除されている。
 読んでもいない本のレビューなど「不正論文」そのものだが、現在のトップレビューも、タイトルを「異常な本です」としながら、本の内容には一切触れておらず、本を読まずに書かれたものと思われる。文面から「プロの科学者」のようで、アマゾンカスタマーレビューではそのような科学者達の不正なレビューをたくさん見ることが出来る。しかし、本の内容について一切書いていないレビューに対して「参考になった」としている人達の多さには驚きを禁じえない。

 ところで、女性セブン2016218日号に『故笹井芳樹氏の妻 遺書の真意「小保方氏に伝わっていない」』という記事が出たが、あまりに酷い内容に空いた口が塞がらなくなってしまった。記事冒頭にある「読みません」や文末の遺書に関する「辞めなさいという意味なんです」という奥さんの言葉は恐らく本当だろうと思われるが、その間を繋ぐ文章があまりにも出鱈目すぎて「真実を歪めた」記事となっている。

 問題の箇所を引用する。
http://news.infoseek.co.jp/article/postseven_382675/?p=1
 同年49日、小保方氏は会見して論文の不備を涙ながらに詫びたが、「STAP細胞はあります」の言葉通り、研究結果の真実性だけは譲らなかった。
 「それは主人も同じでした。一緒に仕事もしてきて、自分でも顕微鏡で見ていましたから。当時は大変な時期だったので、彼女も頭が回らなかったのでしょう。あくまでSTAP現象を表す蛍光発色を確認しただけなのに“200回は出来た”なんて言って、誤解を招きましたよね。でも、主人は言うんです。“発色がある以上、まだ可能性はあるんだ”って。あの頃は小保方さんを信じてあげたいという気持ちが勝っていた」(A子さん)
 翌週には笹井氏も会見し、「STAP細胞だと考えないと説明がつかないデータがある」と小保方氏を擁護した。
 しかし会見後まもなく、彼女のずさんな実験ノートや、早稲田大学大学院時代の博士論文でのコピペ、写真盗用が発覚。ネイチャー論文上でSTAP現象が確認されたとするマウスが現実には違うマウスだったことも明らかになり、笹井氏の心は折れた。
 「“これはもう無理だ”って。論文を撤回するしかないと言っていました。あれだけの物的証拠を前にして、小保方さん、そしてSTAP現象自体に対する信頼が失われてしまったんです。彼女は科学者としての基礎的な教育を受けてこなかった。それは否定できないことだと思うんです。データの取り扱いとかプロセスの管理とか、“彼女はあまりにも問題がありすぎる”って、主人の失望は深かった」(A子さん)
 調査委員会が立ち上がり、笹井氏にも連日の聞き取りが行われた。A子さんの話に基づけば、当時、彼はすでに科学者としての小保方氏を見限っていたことになる。201485日、笹井氏は理研の研究棟で自殺した。

 この記事を素直に読めば、小保方氏に対する失望感が自殺の大きな要因であったように読めてしまう。ところが、実はこの記事の時系列は滅茶苦茶になっていて、それぞれの発言のタイミングが全体の経緯と違う場面で挿入されている。これを実際の時系列に並べ替えるとこうなる。

 調査委員会が立ち上がり、笹井氏にも連日の聞き取りが行われた。その前後に彼女のずさんな実験ノートや、早稲田大学大学院時代の博士論文でのコピペ、写真盗用が発覚。
 「“これはもう無理だ”って。論文を撤回するしかないと言っていました。あれだけの物的証拠を前にして、小保方さん、そしてSTAP現象自体に対する信頼が失われてしまったんです。彼女は科学者としての基礎的な教育を受けてこなかった。それは否定できないことだと思うんです。データの取り扱いとかプロセスの管理とか、“彼女はあまりにも問題がありすぎる”って、主人の失望は深かった」(A子さん)
(その後の41日、理研による小保方氏の不正認定が発表され、それを不服とする小保方氏より「不服申し立てに関する記者会見」が49日に開かれた。)
 同年49日、小保方氏は会見して論文の不備を涙ながらに詫びたが、「STAP細胞はあります」の言葉通り、研究結果の真実性だけは譲らなかった。
 「それは主人も同じでした。一緒に仕事もしてきて、自分でも顕微鏡で見ていましたから。当時は大変な時期だったので、彼女も頭が回らなかったのでしょう。あくまでSTAP現象を表す蛍光発色を確認しただけなのに“200回は出来た”なんて言って、誤解を招きましたよね。でも、主人は言うんです。“発色がある以上、まだ可能性はあるんだ”って。あの頃は小保方さんを信じてあげたいという気持ちが勝っていた」(A子さん)
 翌週には笹井氏も会見し、「STAP細胞だと考えないと説明がつかないデータがある」と小保方氏を擁護した。
 しかし、6月には若山氏が「小保方氏から戻って来た細胞は若山研にいないマウス」と記者会見で発表し、小保方氏も論文撤回に同意することとなった。(論文撤回後にこの発表は間違いだったと訂正されるも、報道はされなかった)
 連日の週刊誌などからのバッシング報道が続き、「マスコミなどからの不当なバッシングに疲れた」という遺書を残して、201485日、笹井氏は理研の研究棟で自殺した。

 同じ事実を順番を入れ替えて並べることによって、まったく違う印象に仕上げていたことが分かる。これでは、文末の言葉もどういうニュアンスで発せられた言葉なのか分かったものではない。
 STAP報道ではこういった出鱈目な報道が蔓延していた。事実関係を並べ替えて「真実を歪めた」記事を書く週刊誌報道は、今に始まったことではないが、情報の切り貼りをして事実関係を捻じ曲げ、故人や未亡人の発言までも「バッシングに利用」する報道はあまりにも卑劣で、こうした記事には吐き気さえ覚えてしまう。
 確かに奥さんも騒動の原因となった小保方氏を恨んでいる部分もあるだろう。言葉の端にやりきれなさのようなものは感じられる。しかし、記事で匂わされているのは「憎しみ」とも取れる感情であり、そのような印象操作で「対立構造」を作り出そうとする記者の下劣さには怒りを覚える。

 自分達の正義が間違っていたことを認めたくない者達の、断末魔の叫びはまだ続いている。



※追記
前にアマゾンカスタマーレビューを見た時は、批判的レビューの方が圧倒的に多かったのだが、今では肯定的レビューの方が多くなっているようだ。最初に、読んでもいない者達がワッと押し寄せ、手記の内容に触れないバッシングレビューで溢れかえり、次第に読み終わった人達のレビューが増えて行ったということだろう。今の時点でアマゾンカスタマーレビューを見たら、冒頭に書いた『「批判的レビュー」の異常な多さがまず目を惹く』がピンと来ないかもしれない。

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