よもや真話

気になるニュースのことなどをダラダラと

2016年02月

 小保方さんが大学院生時代に書いた論文の撤回が先日報じられたが、これは小保方さんの問題というよりも、大和研でも若山研同様にオリジナルデータをチェックしていなかったという話であり、「DORAのブログ」で指摘するように『小保方氏の所属した研究室だけがたまたまそうだったなどとは非常に考えにくい』話だ。
http://blogs.yahoo.co.jp/nx3262p0yz057j/14255624.html
 毎日新聞等一部の新聞が「小保方さんが出したデータの不備」を強調する報道をしているが、本来、この撤回について正確に報道するなら「東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究教育施設の大和研究室で行われた研究に関する論文(責任著者:岡野光夫セルシード社外取締役)が、筆頭著者を除く共著者3人の申し出により撤回された」とするべきだろう。前にも書いたように、私はこの撤回は「STAP騒動に関する一連の問題すべてが、捏造常習犯小保方ひとりでしでかしたこと」という形にしてしまい、大学院教育の欠陥を誤魔化し保身を図ろうとする早稲田大学先進理工学研究科からの工作であるという「陰謀論」で捉えているが、この論文撤回も石川智久氏の刑事告発同様、とんだ「やぶ蛇」になるだろうと私は思う。

 そもそも、筆頭著者に無断で論文撤回などやって良いものなのか。既に指摘されているように、論文共著者達は小保方さんと連絡を取りたければ代理人を通せば簡単に連絡は付く筈であり、小保方さんに「無断で」撤回を決めたことはまず間違いないだろう。ネイチャープロトコルが連絡を取れないとしているのは、小保方さんは既に「科学コミュニティの人」でなくなっているのにも係わらず、代理人を通して接触する努力をしなかったというだけの話だろう。

 話を戻すと、結局、若山研と同じような問題が大和研でも起きていたということは、DORA氏も指摘するように『どこの研究室でもフツーにやっていたこと』の可能性があり、これを契機に東大加藤研の問題も再度クローズアップされ、「ガチ議論」 の匿名A氏のような存在によって業界の「腐敗体質」が監視され、いずれマスメディアからも糾弾される方向に進むことになるかもしれない。

 STAP
騒動で見られた科学者社会の小保方バッシングは異常なものだったが、一般社会の常識としては他者に完璧を求め「キレイゴト」を言う人間ほど信用できないものはない。STAP騒動であれだけ騒いだ人達は、本気で不正をなくしたかった訳ではないことは、「捏造にもっと怒りを」という看板を掲げながら、匿名A氏の不正告発に対して誰も反応しなくなった「ガチ議論」の現状を見れば一目瞭然だ。

 「あの日」以来、科学者達の「狼狽」とも受け取れる反応を多数目にするようになった。保守的な人達の悪あがきで、また人が死ぬようなことにならないように、出来るだけ早くに警察の介入による解決を期待したい。この流れは、手記によっていろいろ不審な行動が指摘されている若山教授だけでなく、得体の知れない圧力によって論文撤回に応じたようにも見える大和教授の身も危険かもしれないと思ってしまうのは考えすぎだろうか。

 小保方さんが大学院生時代に書いた論文が撤回されたらしい。小保方さん以外の共著者からの申し出によるもので、小保方さんとは連絡が取れていないとのこと。

http://www.nature.com/nprot/journal/v11/n3/full/nprot0316-616a.html
Retraction: Reproducible subcutaneous transplantation of cell sheets into recipient mice
Nat. Protoc. 6, 1053–1059 (2011); published online 30 June 2011; retracted 13 January 2016
 「エラーバー」の不自然さが、全体の信頼性を損なうとの理由らしい。小保方さんの改竄行為があったと言いたいようだ。このタイミングでこの理由による撤回がされた理由を憶測すれば、「あの日」によって博士論文再指導と博士号取り消しのやり方を非難された早稲田大学が、揚げ足取り攻撃によって「一連の問題すべてが捏造常習犯小保方がしでかしたこと」という形にしてしまい、大学院教育の欠陥を誤魔化し保身を図ろうとしているようにも思えるが、撤回日付は1月13日になっているので、手記出版がきっかけという訳ではなさそうだ。ということは、博士号取り消しに不満を表明していた小保方さんを完全に潰そうとしたら、小保方さんに先手を取られていたと見た方が良いのかも知れない。

 全面戦争の構えにも見えるが、小保方さんはこれを相手にする必要はない。論文全体の責任はラストオーサーが負うべきものであり、瑕疵がある論文を出した責任はラストオーサーの岡野氏にある。小保方さんについては、手記を出している時点で既に彼女は日本の科学コミュニティとは決別しているわけで、何も失うものがない状態で、論文が撤回されようがエラーバーの不自然さが不正と認定されようが、それは最早「些細なこと」でしかない。

 小保方さんの科学的正当性については、「あの日」の読者などによる世論の高まりを背景に、理研に対して不正調査の不当性を訴え裁判を起すという考えもあるが、裁判となると自分の科学的主張を裏付ける鑑定人などの証人が必要になってくる。日本中の科学者を敵に回したようなこの戦いで、小保方さんの味方をしてくれる「権威」が現れる可能性は限りなくゼロに近いだろう。理研を相手に民事訴訟を起しても「科学的正当性」を勝ち取るのはかなり難しい。

 結局、 小保方さんの名誉回復は、STAP騒動を刑事事件として捜査している警察に期待するしかないだろう。そして、日本の司法が政治圧力を受けずにちゃんと機能できたら、理研の犯罪を暴くことが出来るだろうし、そうしたら「STAP細胞はあります」の間接的な証明も可能だ。そして日本の生命科学コミュニティは世界中の信頼を失うことになり、完全に崩壊することになるだろう。引き返すチャンスはいくらでもあったのに立ち止まることをしなかったのは、狂気に蝕まれた権威主義者達の「馬鹿デカイ声」を世論と勘違いしてしまった誤算のせいなのかもしれない。

朝日新聞では『英科学誌「元データ確認できず」』とご希望通りの見出しで報道している。
http://www.asahi.com/articles/ASJ2V7SKDJ2VULBJ01V.html

この騒動は一体どんな結末を迎えることになるのだろうか。

 東京大学医科学研究所特任教授の上昌広という人は、STAP騒動の中でNHKを初め多数のテレビ番組に頻繁に出演してSTAP細胞問題についての解説をし、公共の電波によるバッシングの旗手を務めてきた人物だが、彼は「STAP騒動から何を学ぶべきか」という文章で、こんなエピソードを語っている。http://ironna.jp/article/784

 実は、私がテレビ出演を決めた理由は、旧知のテレビ関係者への義理からだけではない。ボストン時代の小保方氏を知る女性研究者から、色んな話を聞いていたからだ。

 彼女は誠実な研究者だ。私は彼女の情報を信用した。後日、様々な報道を通じて明らかになった事実とも符合する。

 ここで全てを書くことはできないが、彼女は「小保方さんが実験している姿はあまり見たことがない」と言い、「彼女はまともな研究者ではない」と強調した。

 つまり、人づてに聞いた噂話を信用し、そうした先入観を前提にしてSTAP細胞問題についてテレビであれこれ語っていたのだ。そんな上氏が先日ツイッターで、小保方氏の手記「あの日」に関して『小保方さんの本に対し、若山教授は反論するだろうか。そこがポイントだと思う。』などという暢気なツイートをしているのを目にしたので、私は『この騒動に自分がどれだけ影響を与えたか、この人は自覚がないのだろうか。』というツイートをしたら即座にブロックされてしまい、その後は閲覧できなくなってしまった。
 私は、大隅典子氏からもたった一度のツイートでブロックされた経験があるが、自身が社会的な発言をしているのであれば、批判されたら即ブロックというのはいかがなものか。ましてや自分もマスメディアやネットで批評活動を行っている以上、自分のツイートのリプ欄に悪口が書かれるとか、しつこい回答要求のようなものでもない限り、耳の痛い批判に耐えられないならミュートでやり過ごすのがマナーだと私は思う。批判の言葉に対して耳を塞ぐばかりか閲覧拒否までしてしまうのなら、初めからSNS上で社会的な発言をすべきではないだろう。

 ところで、「STAP騒動から何を学ぶべきか」に登場する『ボストン時代の小保方氏を知る女性研究者』が、上氏に対して「小保方像」の先入観を植え付けた訳だが、彼女が小保方氏のことを非難する感情的な言葉は、ツイッターで小保方バッシングを繰り返すワシントン大学の鳥居啓子氏を髣髴とさせ、その「女性研究者」もまた小保方氏に対して「生理的嫌悪感」を抱いているように思える。また『小保方さんが実験している姿はあまり見たことがない』と言っている時点でこの証言者は嘘吐きだ。
 上氏はマスコミ関係者にもこのような噂話を伝えていたことだろう。この人がSTAP騒動で社会に与えた影響を思えば、『小保方さんの本に対し、若山教授は反論するだろうか。そこがポイントだと思う。』なんて暢気な評論を出来る立場ではないはずだ。他にも『小保方さんに若山教授は反論すべきです。頬被りし、それを許す学界は問題です。』など、もっともらしいことをツイートしていたが、自分も科学者ならネットやテレビを使って他人事みたいに放言する前に、学界の偉い人達と直接議論して問題解決に向けた説得をするのが先だろう。

 私がこのツイートをした翌日、ビジネスジャーナルというネット媒体にこんな記事が出ていた。
「小保方本で批判の若山教授、反論できない理由…責任取らず科研費の受領継続、管理能力に問題」
http://biz-journal.jp/2016/02/post_13735.html
 この記事では、若山氏が「あの日」に反論していないことを以って「反論できない理由がある」という憶測を誘導し、憶測に憶測を重ね『研究者、とくに管理職としての「矜持」』がないと若山氏を非難をしている。上昌広氏は今度は「若山バッシング」の旗を振り始めたらしい。おまけにこの人は、東京大学の大量論文不正の親玉で懲戒を受ける前に自主退職した(退職金も出ている筈)加藤茂明氏のことを、「責任を取った」と褒め称えていたりしている。この人の批評行動は支離滅裂だ。


 STAP騒動では、理研の華々しい記者発表後のマスコミの「リケジョの星」に対する熱狂ぶりも行き過ぎたものがあったが、疑義が出た後の報道とネット上に見られる論調は異様な「空気」に支配されていた。「専門家」を名乗る人たちの人権感覚のなさに、信じられない思いと絶望感のようなものを感じながら、私はずっとこの経緯を見てきた。誹謗中傷の言葉で溢れ返るネット上で見る、科学者達の「言葉の重み」に対する無自覚さに驚いた。

 私は「言論の自由」こそが、権威・権力の横暴を許さないために死守すべき「人権」であると考えている。

 しかし、「言論の自由」も公共の福祉に反する場合には制約を受けることもあり、往々にして「言論の自由」は「人の名誉」という人権と対立する。それは今回の騒動のもっとも重要な問題のひとつだと私は捉えている。
 上昌広氏はNHK他のマスコミに頻繁に登場してSTAP問題についての「解説」を行っており、彼の言動が社会に与えた影響は非常に大きく、マスコミやネット上で「名誉毀損」が溢れかえっていた大きな原因のひとつとして彼の言動があることは見過ごすことは出来ないだろう。「小保方晴子さんへの不正な報道を追及する有志の会」ではNHKの報道に対する公開質問」を出しているが、その不正なニュースで解説をしているのも上昌広氏だ。http://blog.livedoor.jp/obokata_file-stap/archives/1023340333.html

 「名誉毀損」については、その違法性阻却要件として「公共性」「公益性」「真実性」があるが、小保方バッシングにおいては「真実性」が極めて怪しい情報で溢れかえっていたが、「公共性」「公益性」における重要性の方が遥かに優っているという暗黙の了解があったように思える。「公共性」については現在でも疑いようのないことだが、「真実性」については甚だ疑わしく、さらに「公益性」という部分でも、対小保方晴子、対若山照彦、対加藤茂明に対する批評行為の支離滅裂さからも、上昌広氏の言論には「公益」はなく「公害」でしかないと私は思う。こんな人間をテレビが重宝がるのは金輪際やめて欲しいと心の底から願っている。


 ところで、STAP騒動における名誉毀損については、ネットの誹謗中傷で私がもっとも許せないと思ったのが、STAP問題について熱心に議論されているブログのコメント欄に書き込まれた「国立大学教員」と名乗る人物のコメントだ。
http://blog.livedoor.jp/pyridoxal_phosphate/archives/16144084.html 
 その人物はコメント40.41.43.44.でこのような発言をしている。

 『彼女の深い「病み」は、伝染病のように、彼女にかかわった人に影響を与えてしまうようだ』『正常な人間が、一人の人間を死に追い込んでおいて、絶不調とはいえ、通勤して研究するなどどう考えても普通の精神ではありません。』

 この「国立大学教員」なる人物が何者かは分からないが、匿名とは言え「国立大学教員」の名でネット上にこのようなことを書き込み、『私はあちこちで、彼女は病気なので、会見などさせるべきではなく、早く適切な治療を受けることに専念させるべきだと主張してきました。』などと、”あちこちで”「小保方晴子は病んでいる」と触れ回ったというのだから酷い話だ。この人物のこうした行為は紛れもない名誉毀損行為であり、この人物が本当に「国立大学教員」で、もし仮に学会で多少なりとも影響力のある人物であったならば、その「名誉毀損」の責任は重く、まさに裁判で訴えるべき相手だと私は思う。この国立大学教員の「触れ回る」行為は、個人的には一連のSTAP騒動の中で「もっとも許せない行動」のひとつだと思っている。この「国立大学教員」には、表に出て来てきっちりと責任を取ってもらう必要があるだろう。

 なんだか子供の喧嘩のようなタイトルである。

 実は、今週発売の週刊ポストに「ネットのバカ」というコラムが出ていて、そこで間抜けなことを吠えている姿を目にした率直な感想として「バカと言う奴がバカ」という言葉が頭に浮かんだのである。

 昨年末、「小保方晴子さんへの不正な報道を追及する有志の会」では、「小保方晴子さんの発見は真実だった!」という記事を出していたが、それが「デマ」であるというデマが流れたことがある。http://netgeek.biz/archives/60882
 netgeek
の「腹BLACK」という記者が書いた頭の悪い記事だが、このデマ記事に対して「有志の会」では既に反論がされている。

「デマというデマ(STAP細胞はあります!?)」
http://blog.livedoor.jp/obokata_file-stap/archives/1047532003.html

 ところがまたしてもiMuSC細胞論文が意味することを理解できない「バカ」なコラムニストが『小保方晴子氏を頑なに擁護する方々に「あのよ…」と嘆息』というタイトルで「腹BLACK」と同じバカなことを書いている。

 要するに、こいつらは、「科学雑誌『ネイチャー』の姉妹誌」で発表されたとされる論文を誤読しているのである。この論文はあくまでも、「STAP現象は存在する」という人による論を紹介したうえで、「でも誰も証明できていない」と述べている。それなのに、自動翻訳を使い得た情報を「STAP現象はあった」→「小保方さんは正しい」というすり替えを行ない、勝利宣言したのだ。

 あの記事が主張しているのはそんな話ではない。「有志の会」からも早速抗議声明が出されている。「腹BLACK
にしろこのコラムにしろ、要するに相手が主張してもいないことを批判する「藁人形論法」なのだ。相手が主張してもいないことをデッチ上げて批判をし、それを根拠に『小保方氏と付き合いたいか、或いは自己の理想像を投影しているか、「正義ごっこ」に酔いしれているだけである。』と罵るのは、明白なる名誉毀損である。完全にアウトである。小保方さんがどれだけ名誉毀損をされ続けていても無抵抗でいたために、感覚が麻痺してしまっているのだろうか。

 「有志の会」の設立趣旨のページには「必要があれば、法的手段も行使します。」 という宣言もある。この先どういう展開になるのか見ものである。双方向媒体であるネットメディアに対してネット上での反論を受けていながら、同じ念仏を今度は一方通行媒体である週刊誌に書くとは、まったくバカにつけるクスリはないのである

 小保方晴子氏の手記「あの日」が出版されてから、社会の反響も大きく増刷を重ねているようだが、アマゾンのレビューを見ると「批判的レビュー」の異常な多さがまず目を惹く。しかし、その多くが実際に本を読むことなく、ただただ小保方氏の人格を非難する言葉が並んだものが殆どだ。発売直後から1週間程の間トップレビューとして表示されていたものは、山口大学医学部講師の肩書きを持つ研究者のものだったが、本を読むことなく書かれたもので、本の内容に無関係な人格攻撃の言葉が並んだ異常なものだった。これは今は削除されている。
 読んでもいない本のレビューなど「不正論文」そのものだが、現在のトップレビューも、タイトルを「異常な本です」としながら、本の内容には一切触れておらず、本を読まずに書かれたものと思われる。文面から「プロの科学者」のようで、アマゾンカスタマーレビューではそのような科学者達の不正なレビューをたくさん見ることが出来る。しかし、本の内容について一切書いていないレビューに対して「参考になった」としている人達の多さには驚きを禁じえない。

 ところで、女性セブン2016218日号に『故笹井芳樹氏の妻 遺書の真意「小保方氏に伝わっていない」』という記事が出たが、あまりに酷い内容に空いた口が塞がらなくなってしまった。記事冒頭にある「読みません」や文末の遺書に関する「辞めなさいという意味なんです」という奥さんの言葉は恐らく本当だろうと思われるが、その間を繋ぐ文章があまりにも出鱈目すぎて「真実を歪めた」記事となっている。

 問題の箇所を引用する。
http://news.infoseek.co.jp/article/postseven_382675/?p=1
 同年49日、小保方氏は会見して論文の不備を涙ながらに詫びたが、「STAP細胞はあります」の言葉通り、研究結果の真実性だけは譲らなかった。
 「それは主人も同じでした。一緒に仕事もしてきて、自分でも顕微鏡で見ていましたから。当時は大変な時期だったので、彼女も頭が回らなかったのでしょう。あくまでSTAP現象を表す蛍光発色を確認しただけなのに“200回は出来た”なんて言って、誤解を招きましたよね。でも、主人は言うんです。“発色がある以上、まだ可能性はあるんだ”って。あの頃は小保方さんを信じてあげたいという気持ちが勝っていた」(A子さん)
 翌週には笹井氏も会見し、「STAP細胞だと考えないと説明がつかないデータがある」と小保方氏を擁護した。
 しかし会見後まもなく、彼女のずさんな実験ノートや、早稲田大学大学院時代の博士論文でのコピペ、写真盗用が発覚。ネイチャー論文上でSTAP現象が確認されたとするマウスが現実には違うマウスだったことも明らかになり、笹井氏の心は折れた。
 「“これはもう無理だ”って。論文を撤回するしかないと言っていました。あれだけの物的証拠を前にして、小保方さん、そしてSTAP現象自体に対する信頼が失われてしまったんです。彼女は科学者としての基礎的な教育を受けてこなかった。それは否定できないことだと思うんです。データの取り扱いとかプロセスの管理とか、“彼女はあまりにも問題がありすぎる”って、主人の失望は深かった」(A子さん)
 調査委員会が立ち上がり、笹井氏にも連日の聞き取りが行われた。A子さんの話に基づけば、当時、彼はすでに科学者としての小保方氏を見限っていたことになる。201485日、笹井氏は理研の研究棟で自殺した。

 この記事を素直に読めば、小保方氏に対する失望感が自殺の大きな要因であったように読めてしまう。ところが、実はこの記事の時系列は滅茶苦茶になっていて、それぞれの発言のタイミングが全体の経緯と違う場面で挿入されている。これを実際の時系列に並べ替えるとこうなる。

 調査委員会が立ち上がり、笹井氏にも連日の聞き取りが行われた。その前後に彼女のずさんな実験ノートや、早稲田大学大学院時代の博士論文でのコピペ、写真盗用が発覚。
 「“これはもう無理だ”って。論文を撤回するしかないと言っていました。あれだけの物的証拠を前にして、小保方さん、そしてSTAP現象自体に対する信頼が失われてしまったんです。彼女は科学者としての基礎的な教育を受けてこなかった。それは否定できないことだと思うんです。データの取り扱いとかプロセスの管理とか、“彼女はあまりにも問題がありすぎる”って、主人の失望は深かった」(A子さん)
(その後の41日、理研による小保方氏の不正認定が発表され、それを不服とする小保方氏より「不服申し立てに関する記者会見」が49日に開かれた。)
 同年49日、小保方氏は会見して論文の不備を涙ながらに詫びたが、「STAP細胞はあります」の言葉通り、研究結果の真実性だけは譲らなかった。
 「それは主人も同じでした。一緒に仕事もしてきて、自分でも顕微鏡で見ていましたから。当時は大変な時期だったので、彼女も頭が回らなかったのでしょう。あくまでSTAP現象を表す蛍光発色を確認しただけなのに“200回は出来た”なんて言って、誤解を招きましたよね。でも、主人は言うんです。“発色がある以上、まだ可能性はあるんだ”って。あの頃は小保方さんを信じてあげたいという気持ちが勝っていた」(A子さん)
 翌週には笹井氏も会見し、「STAP細胞だと考えないと説明がつかないデータがある」と小保方氏を擁護した。
 しかし、6月には若山氏が「小保方氏から戻って来た細胞は若山研にいないマウス」と記者会見で発表し、小保方氏も論文撤回に同意することとなった。(論文撤回後にこの発表は間違いだったと訂正されるも、報道はされなかった)
 連日の週刊誌などからのバッシング報道が続き、「マスコミなどからの不当なバッシングに疲れた」という遺書を残して、201485日、笹井氏は理研の研究棟で自殺した。

 同じ事実を順番を入れ替えて並べることによって、まったく違う印象に仕上げていたことが分かる。これでは、文末の言葉もどういうニュアンスで発せられた言葉なのか分かったものではない。
 STAP報道ではこういった出鱈目な報道が蔓延していた。事実関係を並べ替えて「真実を歪めた」記事を書く週刊誌報道は、今に始まったことではないが、情報の切り貼りをして事実関係を捻じ曲げ、故人や未亡人の発言までも「バッシングに利用」する報道はあまりにも卑劣で、こうした記事には吐き気さえ覚えてしまう。
 確かに奥さんも騒動の原因となった小保方氏を恨んでいる部分もあるだろう。言葉の端にやりきれなさのようなものは感じられる。しかし、記事で匂わされているのは「憎しみ」とも取れる感情であり、そのような印象操作で「対立構造」を作り出そうとする記者の下劣さには怒りを覚える。

 自分達の正義が間違っていたことを認めたくない者達の、断末魔の叫びはまだ続いている。



※追記
前にアマゾンカスタマーレビューを見た時は、批判的レビューの方が圧倒的に多かったのだが、今では肯定的レビューの方が多くなっているようだ。最初に、読んでもいない者達がワッと押し寄せ、手記の内容に触れないバッシングレビューで溢れかえり、次第に読み終わった人達のレビューが増えて行ったということだろう。今の時点でアマゾンカスタマーレビューを見たら、冒頭に書いた『「批判的レビュー」の異常な多さがまず目を惹く』がピンと来ないかもしれない。

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