よもや真話

気になるニュースのことなどをダラダラと

2015年02月

 先週、東京高裁により裁判員判決が破棄された三鷹のストーカー殺人事件の審理差し戻しについては、是非ともテレビ報道で詳しく取り上げてもらいたい。この事件はストーカー被害相談当日に殺害されるという悲惨な事件で、警察の不手際も悔やまれる事件だった。そして更に今回の裁判での不手際。遺族のことを思うと本当に可哀想で仕方ない。差し戻しの意味についてはこちらに書いた。

 事件当時、テレビは被害者が女優を目指していたことを取り上げ大々的に報道してしまったために、実名報道をした後に詳細が明らかになったリベンジポルノの問題について報道を自粛せざるを得なくなってしまった。
 本来、リベンジポルノは社会問題として非常に報道価値の高いものであるにも関わらずテレビで報道できなかったのは、未成年の被害者の尊厳を損なうことに繋がるものだったからだろう。しかしそもそも、事件が起きたときにマスコミが被害者の実名を報道しなかったら、犯人がネットに上げた写真と被害者が結びつくこともなく、画像拡散する前に犯人の自供に基づき粛々と削除されていた可能性もある。つまり、リベンジポルノ自体が不発に終わった可能性があるのだ。被害者の画像拡散の責任は安易な実名報道にあると私は思っている。
 昨今のネット社会における被害者バッシングの酷さを思うと、事件被害者の実名報道は慎重であるべきだろう。特に被害者が女性の場合には、事件の詳細が分かるまでは実名は控えるべきではないだろうか。一度流れてしまった情報は後になって匿名化したところで取り返しがつかない。
 また実名報道したことが過ぎたことでしょうがないとしても、事件後に明らかになったリベンジポルノについて蓋をしたまま被害者を美しき悲劇のヒロインとして連日報道し続けたこともバッシングを煽ることになった。被害者を美化したかのような報道に反発する愚民たちによって、被害者はネット上では嬲り者にされた上に、酷い噂話で誹謗中傷の嵐に晒され、さらに遺族にも心無い言葉が浴びせかけられていた。
 こうした残酷な被害者バッシングは、安易な実名報道とテレビの過剰報道に責任があると言えるだろう。

 今回の裁判では一審で裁判員が出した判決に対して、裁判が正常な手続きでなかったために差し戻されたが、これは裁判員裁判制度にとっても相当の大問題だ。しかも、この差し戻し判決を、単純に「原判決の刑が重過ぎる」と受け取る市民も多いように感じる。この差し戻しは決してそういう意味ではないことをテレビはしっかり世間に伝えなくてはならない。この差し戻しは単純に量刑不当で差し戻されたのではなく、裁判が適正に行われれば無期懲役の判決に変わることもあり得る裁判だ。このままでは次に裁判員に選ばれる人達は、単に前の判決が重すぎたのだと思ってしまうかもしれない。

 こういったことの始末は、事件当時世間を煽ったテレビが自分達の責任でつけて欲しいと私は思う。テレビが正面からリベンジポルノのことを取り上げることによって、この事件とこの裁判の意味が世間に正しく伝わり、犯人が正しく法の裁きを受けられるようにしてもらいたい。これは量刑の軽重の問題ではない。この犯罪が正しく裁かれることがなければ被害者は浮かばれないだろう。被害者は殺されてもなお見知らぬ外道どもによって晒しものにされ、見知らぬ下衆どもよって嬲られ続け、見知らぬ愚民たちに中傷され、そしてさらに司法からも殺されかけている。
 テレビはこの全てを伝える義務があると私は思う。

とあるお店で幽霊騒ぎが起きました。
そのお店では妖精が見つかったというニュースが話題になったのですが、妖精を見つけた子供がチョコを万引きしていたことが後から分かりました。大人たちは「手癖の悪いアイツのことだから、客を殺してその幽霊を自分たちに見せたのに違いない」と言ってみんなで子供を責め立てました。子供は「チョコは食べたけど盗んだつもりはなかったんだ。でもそれは悪いことだったんだよね。ごめんなさい。でも僕は人を殺してなんかいないよ。みんなが見たのは幽霊じゃなくて妖精だよ。」と言いました。大人達はみんな「幽霊の正体は妖精なんかじゃなくて人の死体に決まってる」と言いました。

店長さんが出てきて「この子は泥棒です」とだけ言って、幽霊のことを誤魔化そうとしました。それを聞いた近所の子供やおばさん達は「幽霊のことはどうなったんだ。チョコを盗むような子供は人を殺したに決まってる」と大騒ぎです。


幽霊騒ぎが大きくなって収まりそうにないので、店長さんの依頼で幽霊調査隊が出来ました。聞き取り調査では、子供はチョコ以外にアイスクリームも食べていたことが分かりました。さらに調査隊に協力する調査員がお店の中にあった幽霊の標本を見つけて詳細な検視をしました。検視したのはお店の店員でした。店長さんと仲が悪いことで有名です。
その頃、妖精を見つけた子供は自分が人殺しをしてないと証明するために妖精を捕まえようと頑張りました。でも結局妖精は現れませんでした。検視の結果、子供が見つけた妖精の正体はどうやら死体らしいということも分かりました。ただ、この死体が事故死なのか他殺なのかは分かりません。

調査員の報告を受けた隊長が「事故死ということは考えにくいので恐らく他殺と思われます。犯人は分かりません。」と言いました。
ある人は「論理的帰結としてその子供が犯人です。」と言いました。
ある人は「犯人は他にいる。その子は嵌められた。」と言いました。
ある人は「事故死が他殺に見える調査隊の目はフシ穴だ。」と言いました。

店長さんは、幽霊調査隊の調査報告をおばさん達に見せる前に子供を自分の手から離していました。そして少し経ってから「この子は実にタチの悪い泥棒でした。」とおばさん達に伝えました。おばさんから殺人のことを問い詰められると、店長さんはゴニョゴニョと意味不明なことを口走りました。

そしてまた「客を殺した子供を絶対許すな!」と近所の子供達の大騒ぎが始まりました。



その様子を見ていた少年はつぶやきました。「そもそも、本当に死体はあったの?」
少年は大人を信用できなくなっていました。調査隊のことも信用していません。
その少年は言います。「妖精を見て幽霊だ幽霊だと騒いでいた人達の中に、標本に細工をした人がいるんじゃないの。妖精が死体に見えるようにこっそり化粧した人がいるんじゃないの。」

かくして妖精伝説はこの先もずっと生き続けるのでありました。
どんどはれ

STAP問題に関して、石井委員長の下での理研の最初の調査委員会が間違っていたことは多くの人達の共通認識だろう。
理研がサンプル調査もせず、STAP研究そのものに関する根本的な部分をウヤムヤにして、論文の体裁上の問題で幕引きを図ろうとしたことに科学コミュニティもマスコミも大反発した。一方の小保方氏を擁護する立場からは、小保方氏の言い分に聞く耳を持たず一方的な決め付けで、再現実験も含めて再調査の権利も与えないことに対する批判が起こった。 理研は理研でSTAP論文は捏造だったと結論しながら、本人を除いたメンバーでSTAPを検証するという訳の分からない行動に出た。
この理研本部の動きには、この問題をさっさと終わらせて次へ進もうとする意図がアリアリと見える。そして、この迷走した動きには特定法人指定に絡む政治的意図と圧力が影響したことは想像に難くない。結局、これが原因でSTAP問題は拗れ続けて遂には死者まで出してしまった訳だが、その元凶は理研の理事達であることは間違いない。

STAP
騒動は、理研の対応が迷走する中、大隅典子理事長を筆頭に分子生物学会理事達が適正手続きそっちのけで「実験阻止」の圧力をかけるという、これまたまったく公正さを欠いた形でものごとが進んでいき、NHKを筆頭に科学分野に強いメディアは権威を鵜呑みにした報道を続けていくことになる。そういう意味で、大隅典子氏は理研の迷走に脇から銃を乱射してこの問題を引っ掻き回した重大な戦犯だと私は思っている。
このように、迷走する理研に向けたつもりがあらぬ方向に批判の銃を乱射する科学者達とメディアがタッグを組んで一方的な流れが出来たのだが、そんな中で「本人の手による再現実験」という至極まっとうな主張を展開したのが一研究者・教育者の意見というブログだった。しかし、viewにおいては小保方まっ黒の心証をお持ちのようなので理研改革委員会の、議論の前提に証明されない決め付けを置いた一方的過ぎる論理を問題とは思わなかった様子。
そういう中で小保方氏は、理研認定の「捏造犯」の札を首から下げ、理研の首輪に繋がったまま道端に放り出され、
3ヶ月以上も袋叩きに遭った挙句、完全に犯罪者扱いで「さあ、ご希望に通り再現実験の場所を用意したのであなた自身の手で証明して見せなさい。」となったのだ。

こうした科学者社会の行いを目にした大衆の間に、小保方氏に対する同情と共に陰謀論が跋扈してしまうのも自然の成り行きで、このデタラメさはすべて科学者たちの責任ではないかと私は思う。陰謀論やデマやニセ科学などが勢いづくのも、マスコミや無知な大衆の責任ではなく、ひとえに正義の側に立つ科学者達の傲慢さが招いた結果と言える。
小保方氏らに対する過剰なバッシングも、マスコミが扇動しているのでもネットの匿名連中が引き起こしているのでもなく、その本質は科学者達の暴力的な決め付けにある。マスコミもネットの匿名連中も権威の尻馬に乗ってお祭り騒ぎをしていたに過ぎない。



STAP
を巡る基本的な構図としては「若山氏を神輿に担いだ正義の有志」vs「祭り上げた小保方氏をさっさと切り捨て欲と保身に走った理研」といった基本形があり、そこに異物として放り出された小保方氏が転がっていて、笹井氏は八方からの板ばさみ状態にあった。

そして、若山氏を神輿に乗せた正義の有志にマスコミが完全に同調してしまったために、一方的で苛烈なバッシングが巻き起こってしまったことが、何よりの不幸だったと私は思っている。NHKは理研有志を情報源とするリーク報道を続け、毎日新聞は若山氏周辺を情報源とするリーク報道を続けた。こうして有志達によるSTAPを巡る聖戦は、「若山氏を神輿に担いだ正義の有志」vs「祭り上げた小保方氏をさっさと切り捨て欲と保身に走った理研」の構図を取りながら、科学報道では飛びぬけて影響力のあるNHKの実際の攻撃目標は間に挟まっていた笹井氏個人や、外側に放り出されている小保方氏個人に対する批判に集中してしまったのだ。NHKの次に報道量の多かった毎日新聞は、あくまで基本構図を外れることはなかったが、視点がやはり「正義の有志」と共にあったためバランスを失っていた。そういう一方的な報道を受け、世間では小保方批判派と小保方擁護派という形に分かれて行った。これを単純化すると正義を支持する小保方批判派と権威を疑う小保方擁護派という図式が出来上がっているのだ。

こういうマスコミ報道と世間の騒ぎの後押しもあり、科学界のSTAP研究そのものに対する視点は完全に公平性をなくしてしまった。改革委員会で、研究不正疑惑の当事者で容疑者でもある若山氏の見解が不正追及側の参考意見として扱われるというのはどう考えてもおかしな話だろう。(改革委員会のデタラメさについてはこちらで詳しく論証されている)別に若山氏が何かをしたというわけではなく、彼は不正を糾そうとする科学界の中で、なにやら正義の象徴のように扱われていて、このバランスの悪さは真実の結果を得るには致命的だろう。更に副作用として若山氏に対し筋違いな悪意を向ける人達も現れるという反動も招いている。

この問題の元凶である理研の理事達はしっかり責任を取るべきだが、私は野依理事長ら戦犯を裁いただけは何も解決することはないと思う。直接にも間接的にもこの問題に関った科学者達は、この騒動で何が起きたのか、自分達がいったい何をしたのか、自分達の言動が社会にどんな影響を与えたのか、振り返る必要があるだろう。


*2月12日加筆修正

 三鷹ストーカー殺人事件の審理が差し戻された。起訴状にないリベンジポルノが判決に過大に影響しているということのようだ。犯した罪に比べて裁判員判決が重過ぎるようなニュアンスを匂わせた新聞もある。しかしそれは違う。起訴されていないことを裁いているから差し戻されたのだ。

 前にも書いたが
、この事件は「殺人」「住居侵入」「銃刀法違反」で起訴されている。これはいったい何の事件の話なのかと思うような起訴内容だ。脅迫、強要、強姦、ストーカー行為、リベンジポルノ等の被害者が受けたありとあらゆる苦痛に対する罪がひとつも起訴状に書かれていないのだ。犯行の悪質性を象徴するリベンジポルノを裁くための罪状を立件しないまま、裁判の中では最重要点として立証して行くという検察のやり方が間違いなのだ。
 これは一審を裁いた裁判員が悪いのでも、裁判員判決を差し戻した高裁が悪いのでもない。被害実態とかけ離れた起訴状を書いた担当検事と、漫然とした公判前整理手続きを行った林正彦裁判長の怠慢がこういう結果を招いてしまったのだ。

 遺族は昨年12月の控訴審公判で「娘の画像は世界中に流れ、今も全部を削除することはできない」とする意見陳述を求めたが高裁はそれを認めなかった。なぜ認められないのかと言えば、遺族の訴えが起訴事実とは直接関係ないことだからだ。この審理差し戻しの意味は、「殺人」「住居侵入」「銃刀法違反」という被害実態とかけ離れた起訴状を書き、犯行の悪質性に正面から向き合うことの出来ない裁判にしてしまい、それに対して「なあなあ」の形で判決を下してはいけないということを高裁は明確に示したということだ。

 名誉毀損罪は『毀損された名誉が死者のものである場合には、その事実が客観的に虚偽のものでなければ処罰されない(刑法2302項)。』となっていて、検察は名誉毀損での立件は無理だと判断したのかもしれない。しかし『ただし、名誉毀損をした後、名誉を毀損された者が死亡した場合には、通常の名誉毀損罪として扱われ、当該事実が虚偽でなかったということのみでは免責されない』ことによって立件は可能だし、その解釈を巡って争うくらいの姿勢を見せなければ、この犯罪を正しく裁くことなど出来はしない。

 担当検事はこれをどう始末するつもりなのか。その責任は重い。被害者遺族にとって、大切な娘をこれ以上にないほど残酷な目に遭わせて殺した犯人を、法の下で正しく裁いてもらうために頼れるのは検察以外にないのに、この不手際は誰がどう始末をつけるのだろう。

 この事件は、ストカー被害相談当日に殺害されるという警察の不手際が悔やまれる悲惨な事件だ。そして今回の検察の不手際。返す返すも、司法に裏切られ続けている被害者と遺族が本当に可哀想でならない。


211日加筆修正

元理研の石川智久氏による刑事告発のニュースはスポーツ紙以外ではテレ朝など民放数社を除いて見当たらず、大手新聞やNHKは一切報道しなかった模様。世間は刑事告発されただけで「窃盗の事実があった」という誤った印象を受けしまう可能性があるのでその危険を避けたということか。ではなぜその危険を避けたかといえば、それだけこの刑事告発は根拠が不確かな怪しい告発だということなのだろう。

しかし、このNHKの姿勢は矛盾している。
平成26年7月27日放送のNHKスペシャル「調査報告 STAP細胞 不正の深層」ではあたかも小保方氏が盗んだような演出がされていたではないか。純心な視聴者には確証があるかのように思わせた。事実、池田信夫は番組を真に受けて「なぜ小保方氏はES細胞を盗んだのか」というブログ記事まで書いている。http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51906634.html
NHKに確証があるなら、この刑事告発は民放と同じように報道されてもおかしくないではないか。というより、公共放送としての姿勢に一貫性を持たせるためにも報道すべきだろう。報道は「石川氏が刑事告発をした」事実だけを伝えればいいので、仮に「窃盗の事実」が間違いであっても責任を取る必要はない。なのに報道されない。なぜか。理由は元々NHKは証拠も裏付けも持っていなかったからだ。NHK自身が裏を取れない怪しい告発だから報道しないのだ。

つまり、Nスペは噂に過ぎなかったものをまるで事実であるかのように演出し放送していたということだ。NHKが石川氏の刑事告発の件を報道しなかったという事実は、故笹井博士を自殺するほど追い詰めたとも言われるNHKスペシャルが捏造番組だったと白状したようなものではないか。

理研OB石川智久氏による刑事告発があったことで、小保方氏の「悪意」について再び様々な憶測がされている。
STAP論文に関して彼女が行った不正行為について「これ位だったら大丈夫」という認識を「ばれる、ばれない」の観点から見る人も多いようだが、そういう見方は正しくない。なぜなら、報道などこれまで出てきた情報から見て取れる小保方氏の大胆さは、本人に悪いことをしている意識はなかったと推測されるからだ。悪いことをしていないのだから、ばれるもなにもない。先日も述べたように「大義の前には、問題ではない」という意識ですべては起きているのではないだろうか。

以前、画像改竄について小保方氏の口から「結果が正しいので問題ない」という科学者として基礎がなっていないことを疑わせる問題発言が出たかと思う。そういう意識が「科学者としての倫理感」の欠如であり、データの改竄や捏造に繋がったということだろう。そして、これに関しては研究者として身に着けなければならなかった基礎が出来ていなかったための不正行為であり、その不正については自らも認めている部分だ。確かに、この時点で科学者失格と言われても仕方ないのかもしれない。

しかし、根本部分の「ES細胞とのスリカエ」は「STAPの存在という大義」そのものを失くすことであって、そこに対して「これ位大丈夫」という同じ論理を当てはめることは出来ない。石川氏の告発内容にあるように、「大義」の部分を「名誉や地位や収入」と想定する人がいるが、それは自分の価値観を小保方氏に投影しているに過ぎない。
つまり、小保方氏にはES細胞スリカエの動機はなく、前に指摘したように逆にSTAPを否定する側に大きな動機が存在する。これは何も「巨大な陰謀」など想定しなくても、正義の暴走という形でも起こりうることだ。そしてこの暴走が、遂には人に「窃盗」の汚名を着せようとするまでに至っては、これはもはや正義と呼ぶことは出来ない。

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