先週、東京高裁により裁判員判決が破棄された三鷹のストーカー殺人事件の審理差し戻しについては、是非ともテレビ報道で詳しく取り上げてもらいたい。この事件はストーカー被害相談当日に殺害されるという悲惨な事件で、警察の不手際も悔やまれる事件だった。そして更に今回の裁判での不手際。遺族のことを思うと本当に可哀想で仕方ない。差し戻しの意味についてはこちらに書いた。

 事件当時、テレビは被害者が女優を目指していたことを取り上げ大々的に報道してしまったために、実名報道をした後に詳細が明らかになったリベンジポルノの問題について報道を自粛せざるを得なくなってしまった。
 本来、リベンジポルノは社会問題として非常に報道価値の高いものであるにも関わらずテレビで報道できなかったのは、未成年の被害者の尊厳を損なうことに繋がるものだったからだろう。しかしそもそも、事件が起きたときにマスコミが被害者の実名を報道しなかったら、犯人がネットに上げた写真と被害者が結びつくこともなく、犯人の自供に基づき拡散する前に粛々と削除されていた可能性もある。つまり、リベンジポルノ自体が不発に終わった可能性があるのだ。被害者の画像拡散の責任は安易な実名報道にあると私は思っている。
 昨今のネット社会における被害者バッシングの酷さを思うと、事件被害者の実名報道は慎重であるべきだろう。特に被害者が女性の場合には、事件の詳細が分かるまでは実名は控えるべきではないだろうか。だが、その点に関しては過ぎたことで仕方ないとして、事件後明らかになったリベンジポルノについて蓋をしたまま被害者が美しく描かれ報じられることに反発する愚民たちによって、被害者はネット上では嬲り者にされた上に、酷い噂話で誹謗中傷の嵐に晒され、さらに遺族にも心無い言葉が浴びせかけられていた。
 このバッシングは安易な実名報道とテレビの過剰報道に責任があると言えるだろう。

 今回の裁判では一審で裁判員が出した判決に対して、裁判が正常な手続きでなかったために差し戻されたが、これは裁判員裁判制度にとっても相当の大問題だ。しかも、この差し戻し判決を、単純に「原判決の刑が重過ぎる」と受け取る市民も多いように感じる。この差し戻しは決してそういう意味ではないことをテレビはしっかり世間に伝えなくてはならない。この差し戻しは単純に量刑不当で差し戻されたのではなく、裁判が適正に行われれば無期懲役の判決に変わることもあり得る裁判だ。このままでは次に裁判員に選ばれる人達は、単に前の判決が重すぎたのだと思ってしまうかもしれない。

 こういったことの始末は、事件当時世間を煽ったテレビが自分達の責任でつけて欲しいと私は思う。テレビが正面からリベンジポルノのことを取り上げることによって、この事件とこの裁判の意味が世間に正しく伝わり、犯人が正しく法の裁きを受けられるようにしてもらいたい。これは量刑の軽重の問題ではない。この犯罪が正しく裁かれることがなければ被害者は浮かばれないだろう。被害者は殺されてもなお見知らぬ外道どもによって晒しものにされ、見知らぬ下衆どもよって嬲られ続け、見知らぬ愚民たちに中傷され、そしてさらに司法からも殺されかけている。
 テレビはこの全てを伝える義務があると私は思う。