よもや真話

気になるニュースのことなどをダラダラと

 小保方さんが大学院生時代に書いた論文が撤回されたらしい。小保方さん以外の共著者からの申し出によるもので、小保方さんとは連絡が取れていないとのこと。

http://www.nature.com/nprot/journal/v11/n3/full/nprot0316-616a.html
Retraction: Reproducible subcutaneous transplantation of cell sheets into recipient mice
Nat. Protoc. 6, 1053–1059 (2011); published online 30 June 2011; retracted 13 January 2016
 「エラーバー」の不自然さが、全体の信頼性を損なうとの理由らしい。小保方さんの改竄行為があったと言いたいようだ。このタイミングでこの理由による撤回がされた理由を憶測すれば、「あの日」によって博士論文再指導と博士号取り消しのやり方を非難された早稲田大学が、揚げ足取り攻撃によって「一連の問題すべてが捏造常習犯小保方がしでかしたこと」という形にしてしまい、大学院教育の欠陥を誤魔化し保身を図ろうとしているようにも思えるが、撤回日付は1月13日になっているので、手記出版がきっかけという訳ではなさそうだ。ということは、博士号取り消しに不満を表明していた小保方さんを完全に潰そうとしたら、小保方さんに先手を取られていたと見た方が良いのかも知れない。

 全面戦争の構えにも見えるが、小保方さんはこれを相手にする必要はない。論文全体の責任はラストオーサーが負うべきものであり、瑕疵がある論文を出した責任はラストオーサーの岡野氏にある。小保方さんについては、手記を出している時点で既に彼女は日本の科学コミュニティとは決別しているわけで、何も失うものがない状態で、論文が撤回されようがエラーバーの不自然さが不正と認定されようが、それは最早「些細なこと」でしかない。

 小保方さんの科学的正当性については、「あの日」の読者などによる世論の高まりを背景に、理研に対して不正調査の不当性を訴え裁判を起すという考えもあるが、裁判となると自分の科学的主張を裏付ける鑑定人などの証人が必要になってくる。日本中の科学者を敵に回したようなこの戦いで、小保方さんの味方をしてくれる「権威」が現れる可能性は限りなくゼロに近いだろう。理研を相手に民事訴訟を起しても「科学的正当性」を勝ち取るのはかなり難しい。

 結局、 小保方さんの名誉回復は、STAP騒動を刑事事件として捜査している警察に期待するしかないだろう。そして、日本の司法が政治圧力を受けずにちゃんと機能できたら、理研の犯罪を暴くことが出来るだろうし、そうしたら「STAP細胞はあります」の間接的な証明も可能だ。そして日本の生命科学コミュニティは世界中の信頼を失うことになり、完全に崩壊することになるだろう。引き返すチャンスはいくらでもあったのに立ち止まることをしなかったのは、狂気に蝕まれた権威主義者達の「馬鹿デカイ声」を世論と勘違いしてしまった誤算のせいなのかもしれない。

朝日新聞では『英科学誌「元データ確認できず」』とご希望通りの見出しで報道している。
http://www.asahi.com/articles/ASJ2V7SKDJ2VULBJ01V.html

この騒動は一体どんな結末を迎えることになるのだろうか。

 東京大学医科学研究所特任教授の上昌広という人は、STAP騒動の中でNHKを初め多数のテレビ番組に頻繁に出演してSTAP細胞問題についての解説をし、公共の電波によるバッシングの旗手を務めてきた人物だが、彼は「STAP騒動から何を学ぶべきか」という文章で、こんなエピソードを語っている。http://ironna.jp/article/784

 実は、私がテレビ出演を決めた理由は、旧知のテレビ関係者への義理からだけではない。ボストン時代の小保方氏を知る女性研究者から、色んな話を聞いていたからだ。

 彼女は誠実な研究者だ。私は彼女の情報を信用した。後日、様々な報道を通じて明らかになった事実とも符合する。

 ここで全てを書くことはできないが、彼女は「小保方さんが実験している姿はあまり見たことがない」と言い、「彼女はまともな研究者ではない」と強調した。

 つまり、人づてに聞いた噂話を信用し、そうした先入観を前提にしてSTAP細胞問題についてテレビであれこれ語っていたのだ。そんな上氏が先日ツイッターで、小保方氏の手記「あの日」に関して『小保方さんの本に対し、若山教授は反論するだろうか。そこがポイントだと思う。』などという暢気なツイートをしているのを目にしたので、私は『この騒動に自分がどれだけ影響を与えたか、この人は自覚がないのだろうか。』というツイートをしたら即座にブロックされてしまい、その後は閲覧できなくなってしまった。
 私は、大隅典子氏からもたった一度のツイートでブロックされた経験があるが、自身が社会的な発言をしているのであれば、批判されたら即ブロックというのはいかがなものか。ましてや自分もマスメディアやネットで批評活動を行っている以上、自分のツイートのリプ欄に悪口が書かれるとか、しつこい回答要求のようなものでもない限り、耳の痛い批判に耐えられないならミュートでやり過ごすのがマナーだと私は思う。批判の言葉に対して耳を塞ぐばかりか閲覧拒否までしてしまうのなら、初めからSNS上で社会的な発言をすべきではないだろう。

 ところで、「STAP騒動から何を学ぶべきか」に登場する『ボストン時代の小保方氏を知る女性研究者』が、上氏に対して「小保方像」の先入観を植え付けた訳だが、彼女が小保方氏のことを非難する感情的な言葉は、ツイッターで小保方バッシングを繰り返すワシントン大学の鳥居啓子氏を髣髴とさせ、その「女性研究者」もまた小保方氏に対して「生理的嫌悪感」を抱いているように思える。また『小保方さんが実験している姿はあまり見たことがない』と言っている時点でこの証言者は嘘吐きだ。
 上氏はマスコミ関係者にもこのような噂話を伝えていたことだろう。この人がSTAP騒動で社会に与えた影響を思えば、『小保方さんの本に対し、若山教授は反論するだろうか。そこがポイントだと思う。』なんて暢気な評論を出来る立場ではないはずだ。他にも『小保方さんに若山教授は反論すべきです。頬被りし、それを許す学界は問題です。』など、もっともらしいことをツイートしていたが、自分も科学者ならネットやテレビを使って他人事みたいに放言する前に、学界の偉い人達と直接議論して問題解決に向けた説得をするのが先だろう。

 私がこのツイートをした翌日、ビジネスジャーナルというネット媒体にこんな記事が出ていた。
「小保方本で批判の若山教授、反論できない理由…責任取らず科研費の受領継続、管理能力に問題」
http://biz-journal.jp/2016/02/post_13735.html
 この記事では、若山氏が「あの日」に反論していないことを以って「反論できない理由がある」という憶測を誘導し、憶測に憶測を重ね『研究者、とくに管理職としての「矜持」』がないと若山氏を非難をしている。上昌広氏は今度は「若山バッシング」の旗を振り始めたらしい。おまけにこの人は、東京大学の大量論文不正の親玉で懲戒を受ける前に自主退職した(退職金も出ている筈)加藤茂明氏のことを、「責任を取った」と褒め称えていたりしている。この人の批評行動は支離滅裂だ。


 STAP騒動では、理研の華々しい記者発表後のマスコミの「リケジョの星」に対する熱狂ぶりも行き過ぎたものがあったが、疑義が出た後の報道とネット上に見られる論調は異様な「空気」に支配されていた。「専門家」を名乗る人たちの人権感覚のなさに、信じられない思いと絶望感のようなものを感じながら、私はずっとこの経緯を見てきた。誹謗中傷の言葉で溢れ返るネット上で見る、科学者達の「言葉の重み」に対する無自覚さに驚いた。

 私は「言論の自由」こそが、権威・権力の横暴を許さないために死守すべき「人権」であると考えている。

 しかし、「言論の自由」も公共の福祉に反する場合には制約を受けることもあり、往々にして「言論の自由」は「人の名誉」という人権と対立する。それは今回の騒動のもっとも重要な問題のひとつだと私は捉えている。
 上昌広氏はNHK他のマスコミに頻繁に登場してSTAP問題についての「解説」を行っており、彼の言動が社会に与えた影響は非常に大きく、マスコミやネット上で「名誉毀損」が溢れかえっていた大きな原因のひとつとして彼の言動があることは見過ごすことは出来ないだろう。「小保方晴子さんへの不正な報道を追及する有志の会」ではNHKの報道に対する公開質問」を出しているが、その不正なニュースで解説をしているのも上昌広氏だ。http://blog.livedoor.jp/obokata_file-stap/archives/1023340333.html

 「名誉毀損」については、その違法性阻却要件として「公共性」「公益性」「真実性」があるが、小保方バッシングにおいては「真実性」が極めて怪しい情報で溢れかえっていたが、「公共性」「公益性」における重要性の方が遥かに優っているという暗黙の了解があったように思える。「公共性」については現在でも疑いようのないことだが、「真実性」については甚だ疑わしく、さらに「公益性」という部分でも、対小保方晴子、対若山照彦、対加藤茂明に対する批評行為の支離滅裂さからも、上昌広氏の言論には「公益」はなく「公害」でしかないと私は思う。こんな人間をテレビが重宝がるのは金輪際やめて欲しいと心の底から願っている。


 ところで、STAP騒動における名誉毀損については、ネットの誹謗中傷で私がもっとも許せないと思ったのが、STAP問題について熱心に議論されているブログのコメント欄に書き込まれた「国立大学教員」と名乗る人物のコメントだ。
http://blog.livedoor.jp/pyridoxal_phosphate/archives/16144084.html 
 その人物はコメント40.41.43.44.でこのような発言をしている。

 『彼女の深い「病み」は、伝染病のように、彼女にかかわった人に影響を与えてしまうようだ』『正常な人間が、一人の人間を死に追い込んでおいて、絶不調とはいえ、通勤して研究するなどどう考えても普通の精神ではありません。』

 この「国立大学教員」なる人物が何者かは分からないが、匿名とは言え「国立大学教員」の名でネット上にこのようなことを書き込み、『私はあちこちで、彼女は病気なので、会見などさせるべきではなく、早く適切な治療を受けることに専念させるべきだと主張してきました。』などと、”あちこちで”「小保方晴子は病んでいる」と触れ回ったというのだから酷い話だ。この人物のこうした行為は紛れもない名誉毀損行為であり、この人物が本当に「国立大学教員」で、もし仮に学会で多少なりとも影響力のある人物であったならば、その「名誉毀損」の責任は重く、まさに裁判で訴えるべき相手だと私は思う。この国立大学教員の「触れ回る」行為は、個人的には一連のSTAP騒動の中で「もっとも許せない行動」のひとつだと思っている。この「国立大学教員」には、表に出て来てきっちりと責任を取ってもらう必要があるだろう。

 なんだか子供の喧嘩のようなタイトルである。

 実は、今週発売の週刊ポストに「ネットのバカ」というコラムが出ていて、そこで間抜けなことを吠えている姿を目にした率直な感想として「バカと言う奴がバカ」という言葉が頭に浮かんだのである。

 昨年末、「小保方晴子さんへの不正な報道を追及する有志の会」では、「小保方晴子さんの発見は真実だった!」という記事を出していたが、それが「デマ」であるというデマが流れたことがある。http://netgeek.biz/archives/60882
 netgeek
の「腹BLACK」という記者が書いた頭の悪い記事だが、このデマ記事に対して「有志の会」では既に反論がされている。

「デマというデマ(STAP細胞はあります!?)」
http://blog.livedoor.jp/obokata_file-stap/archives/1047532003.html

 ところがまたしてもiMuSC細胞論文が意味することを理解できない「バカ」なコラムニストが『小保方晴子氏を頑なに擁護する方々に「あのよ…」と嘆息』というタイトルで「腹BLACK」と同じバカなことを書いている。

 要するに、こいつらは、「科学雑誌『ネイチャー』の姉妹誌」で発表されたとされる論文を誤読しているのである。この論文はあくまでも、「STAP現象は存在する」という人による論を紹介したうえで、「でも誰も証明できていない」と述べている。それなのに、自動翻訳を使い得た情報を「STAP現象はあった」→「小保方さんは正しい」というすり替えを行ない、勝利宣言したのだ。

 あの記事が主張しているのはそんな話ではない。「有志の会」からも早速抗議声明が出されている。「腹BLACK
にしろこのコラムにしろ、要するに相手が主張してもいないことを批判する「藁人形論法」なのだ。相手が主張してもいないことをデッチ上げて批判をし、それを根拠に『小保方氏と付き合いたいか、或いは自己の理想像を投影しているか、「正義ごっこ」に酔いしれているだけである。』と罵るのは、明白なる名誉毀損である。完全にアウトである。小保方さんがどれだけ名誉毀損をされ続けていても無抵抗でいたために、感覚が麻痺してしまっているのだろうか。

 「有志の会」の設立趣旨のページには「必要があれば、法的手段も行使します。」 という宣言もある。この先どういう展開になるのか見ものである。双方向媒体であるネットメディアに対してネット上での反論を受けていながら、同じ念仏を今度は一方通行媒体である週刊誌に書くとは、まったくバカにつけるクスリはないのである

 小保方晴子氏の手記「あの日」が出版されてから、社会の反響も大きく増刷を重ねているようだが、アマゾンのレビューを見ると「批判的レビュー」の異常な多さがまず目を惹く。しかし、その多くが実際に本を読むことなく、ただただ小保方氏の人格を非難する言葉が並んだものが殆どだ。発売直後から1週間程の間トップレビューとして表示されていたものは、山口大学医学部講師の肩書きを持つ研究者のものだったが、本を読むことなく書かれたもので、本の内容に無関係な人格攻撃の言葉が並んだ異常なものだった。これは今は削除されている。
 読んでもいない本のレビューなど「不正論文」そのものだが、現在のトップレビューも、タイトルを「異常な本です」としながら、本の内容には一切触れておらず、本を読まずに書かれたものと思われる。文面から「プロの科学者」のようで、アマゾンカスタマーレビューではそのような科学者達の不正なレビューをたくさん見ることが出来る。しかし、本の内容について一切書いていないレビューに対して「参考になった」としている人達の多さには驚きを禁じえない。

 ところで、女性セブン2016218日号に『故笹井芳樹氏の妻 遺書の真意「小保方氏に伝わっていない」』という記事が出たが、あまりに酷い内容に空いた口が塞がらなくなってしまった。記事冒頭にある「読みません」や文末の遺書に関する「辞めなさいという意味なんです」という奥さんの言葉は恐らく本当だろうと思われるが、その間を繋ぐ文章があまりにも出鱈目すぎて「真実を歪めた」記事となっている。

 問題の箇所を引用する。
http://news.infoseek.co.jp/article/postseven_382675/?p=1
 同年49日、小保方氏は会見して論文の不備を涙ながらに詫びたが、「STAP細胞はあります」の言葉通り、研究結果の真実性だけは譲らなかった。
 「それは主人も同じでした。一緒に仕事もしてきて、自分でも顕微鏡で見ていましたから。当時は大変な時期だったので、彼女も頭が回らなかったのでしょう。あくまでSTAP現象を表す蛍光発色を確認しただけなのに“200回は出来た”なんて言って、誤解を招きましたよね。でも、主人は言うんです。“発色がある以上、まだ可能性はあるんだ”って。あの頃は小保方さんを信じてあげたいという気持ちが勝っていた」(A子さん)
 翌週には笹井氏も会見し、「STAP細胞だと考えないと説明がつかないデータがある」と小保方氏を擁護した。
 しかし会見後まもなく、彼女のずさんな実験ノートや、早稲田大学大学院時代の博士論文でのコピペ、写真盗用が発覚。ネイチャー論文上でSTAP現象が確認されたとするマウスが現実には違うマウスだったことも明らかになり、笹井氏の心は折れた。
 「“これはもう無理だ”って。論文を撤回するしかないと言っていました。あれだけの物的証拠を前にして、小保方さん、そしてSTAP現象自体に対する信頼が失われてしまったんです。彼女は科学者としての基礎的な教育を受けてこなかった。それは否定できないことだと思うんです。データの取り扱いとかプロセスの管理とか、“彼女はあまりにも問題がありすぎる”って、主人の失望は深かった」(A子さん)
 調査委員会が立ち上がり、笹井氏にも連日の聞き取りが行われた。A子さんの話に基づけば、当時、彼はすでに科学者としての小保方氏を見限っていたことになる。201485日、笹井氏は理研の研究棟で自殺した。

 この記事を素直に読めば、小保方氏に対する失望感が自殺の大きな要因であったように読めてしまう。ところが、実はこの記事の時系列は滅茶苦茶になっていて、それぞれの発言のタイミングが全体の経緯と違う場面で挿入されている。これを実際の時系列に並べ替えるとこうなる。

 調査委員会が立ち上がり、笹井氏にも連日の聞き取りが行われた。その前後に彼女のずさんな実験ノートや、早稲田大学大学院時代の博士論文でのコピペ、写真盗用が発覚。
 「“これはもう無理だ”って。論文を撤回するしかないと言っていました。あれだけの物的証拠を前にして、小保方さん、そしてSTAP現象自体に対する信頼が失われてしまったんです。彼女は科学者としての基礎的な教育を受けてこなかった。それは否定できないことだと思うんです。データの取り扱いとかプロセスの管理とか、“彼女はあまりにも問題がありすぎる”って、主人の失望は深かった」(A子さん)
(その後の41日、理研による小保方氏の不正認定が発表され、それを不服とする小保方氏より「不服申し立てに関する記者会見」が49日に開かれた。)
 同年49日、小保方氏は会見して論文の不備を涙ながらに詫びたが、「STAP細胞はあります」の言葉通り、研究結果の真実性だけは譲らなかった。
 「それは主人も同じでした。一緒に仕事もしてきて、自分でも顕微鏡で見ていましたから。当時は大変な時期だったので、彼女も頭が回らなかったのでしょう。あくまでSTAP現象を表す蛍光発色を確認しただけなのに“200回は出来た”なんて言って、誤解を招きましたよね。でも、主人は言うんです。“発色がある以上、まだ可能性はあるんだ”って。あの頃は小保方さんを信じてあげたいという気持ちが勝っていた」(A子さん)
 翌週には笹井氏も会見し、「STAP細胞だと考えないと説明がつかないデータがある」と小保方氏を擁護した。
 しかし、6月には若山氏が「小保方氏から戻って来た細胞は若山研にいないマウス」と記者会見で発表し、小保方氏も論文撤回に同意することとなった。(論文撤回後にこの発表は間違いだったと訂正されるも、報道はされなかった)
 連日の週刊誌などからのバッシング報道が続き、「マスコミなどからの不当なバッシングに疲れた」という遺書を残して、201485日、笹井氏は理研の研究棟で自殺した。

 同じ事実を順番を入れ替えて並べることによって、まったく違う印象に仕上げていたことが分かる。これでは、文末の言葉もどういうニュアンスで発せられた言葉なのか分かったものではない。
 STAP報道ではこういった出鱈目な報道が蔓延していた。事実関係を並べ替えて「真実を歪めた」記事を書く週刊誌報道は、今に始まったことではないが、情報の切り貼りをして事実関係を捻じ曲げ、故人や未亡人の発言までも「バッシングに利用」する報道はあまりにも卑劣で、こうした記事には吐き気さえ覚えてしまう。
 確かに奥さんも騒動の原因となった小保方氏を恨んでいる部分もあるだろう。言葉の端にやりきれなさのようなものは感じられる。しかし、記事で匂わされているのは「憎しみ」とも取れる感情であり、そのような印象操作で「対立構造」を作り出そうとする記者の下劣さには怒りを覚える。

 自分達の正義が間違っていたことを認めたくない者達の、断末魔の叫びはまだ続いている。



※追記
前にアマゾンカスタマーレビューを見た時は、批判的レビューの方が圧倒的に多かったのだが、今では肯定的レビューの方が多くなっているようだ。最初に、読んでもいない者達がワッと押し寄せ、手記の内容に触れないバッシングレビューで溢れかえり、次第に読み終わった人達のレビューが増えて行ったということだろう。今の時点でアマゾンカスタマーレビューを見たら、冒頭に書いた『「批判的レビュー」の異常な多さがまず目を惹く』がピンと来ないかもしれない。

岡山大学には、岡山大学病院を「地域医療連携推進法人」化し地域医療ネットワークを構築する「岡山大学メディカルセンター」構想があるらしい。http://mainichi.jp/articles/20151211/ddl/k33/040/554000c

岡山大学
の不正対応の問題は構図的には理研とそっくりだ。
「特定国立研究開発法人」のためにSTAP細胞論文の不正問題を大急ぎでテキトーに処理してお茶を濁そうとした理研では、「正義の有志」が立ち上がり、アカデミアからは「不正の実態を明らかにせよ!」と「声明」まで出して大騒ぎをしたが、「地域医療連携推進法人」のために不正問題を揉み消そうとした岡山大学では、「ふたりの教授」が立ち上がったものの、アカデミアからは無視され大学からは解雇されてしまった。

構図としてまるで瓜二つなのに、アカデミアもマスコミも正反対の反応になっている。まあ、マスコミが「権威のお言葉」の拡声器でしかないことは、STAP騒動でも明らかだったし、片瀬久美子氏のツイートでも裏付けられてはいるのだが。また、今月3日に毎日新聞が記事にした「不正調査の問題点」は細かい話でしかなく、岡山大学の問題は近視眼的な科学記者よりも社会部記者が扱った方が良い問題だろう。
片瀬氏の場合はSTAPの時と同じスタンスで行動に一貫性があるので、近視眼なりに信念を貫いていただければ良いのだが、某男性ライターのようにiMuSC細胞論文が意味することについて自分の頭で考えることもなく、著名な科学者のネット証言を継ぎ接ぎしたような「権威のお言葉の受け売り」しか出来ない中途半端な科学ジャーナリストの存在価値はやっぱりないだろう。不正告発者が解雇されても無視し続けている「学会の偉い先生」達の存在も。日本のアカデミアと科学報道は一蓮托生で壊れている。

STAP問題では『日本を代表する研究機関である理研で起きた前代未聞の研究不正の解明にあたり、理研内で真相と科学的真実の解明のため勇気ある行動をとっている研究者が複数名いることは、理研にとって大きな救いである。』とまで褒め称えた理研改革委員会の先生達は、いまどうしてるのだろうか。
STAP騒動の際、理研は自主的に不正調査に乗り出した有志達の研究環境を破壊するような不当なことは全くやっていなかったと思われる。逆にCDB解体を提言し、彼らの研究環境を破壊しようとしたのは国立大学の教授達で構成されていた理研改革委員会の方だ。
一方、岡山大学では不正調査に乗り出したふたりの教授達の研究環境は完全に破壊されまった。STAP騒動であれだけ騒いだ人達は、森山・榎本両教授の「勇気ある行動」に対して見て見ぬふりを続けている。というよりも、両教授の「真相と科学的真実の解明のための勇気ある行動」は、国立大学法人にとっては邪魔臭いだけの存在なのかも知れない。


今回の問題がここまで拗れたのは、STAP騒動で不正論文=研究犯罪というイメージで大変なバッシングが起きたことも要因のひとつなのかも知れない。森山教授らのスクリーニングで発覚した細かい疑義に対して、指摘された側が不正批判の恐ろしさに完全否定で逃げようとした的な何かがあったのかも知れない。

STAP
騒動の際に、不正論文=研究犯罪的な世間のイメージを煽って炎上させたのは、サイエンスライター片瀬久美子氏だったり、科学雑誌「日経サイエンス」編集部の古田彩氏だったり、中山敬一氏、大隅典子氏、近藤滋氏ら日本分子生物学会理事達だったりする。なんせ「詐欺師の持ってきたデータ」呼ばわりなのだから。
石井調査委員会の記者会見後しばらく私は「科学語は正しく日本語に翻訳されなければならない」という主張をしていた。石井調査委員会の不正認定で使用された「捏造」と「改竄」という言葉が、調査委員会から具体的内容を説明された行為に対する日本語として正しくないからだ。論文の体裁上の問題と研究犯罪としての不正問題を分けることなく「不正は不正」として同じ扱いをされた結果、2014年4月1日の理研の公式発表で小保方晴子氏は「捏造犯」とされてしまった。

科学者達が批判するマスコミは、NHK藤原淳登記者だったり毎日新聞須田桃子記者だったりという科学専門記者が「権威のお言葉の拡声器」の役割を果たしているに過ぎない。更に陰からリークしまくる放火魔までいれば尚のことだ。権威のお言葉によってSTAP騒動の狂乱が巻き起こり、大変なバッシングを引き起こしてしまったのだ。そして、日本分子生物学会理事ら生命科学の専門家達は、業界の清廉を装うために小保方氏の研究成果すべてを捏造の産物と決めつけ、故笹井芳樹博士が「STAP現象を前提としないと説明できないデータがある」と言い、理研内外で予断のない検証をすべき「合理性の高い仮説」であると訴えたSTAP細胞研究を叩き潰してしまった。



STAP細胞論文に対する理研の拙速な不正対応が引き起こした悲劇を見て、私はこういった不正問題の対策には「第三者機関の設置」が急務だと安易に考えていたのだが、それは即ち「大学の自治」を放棄することだと指摘されて、言われてみればそうだなと気付いた。しかし、岡山大学のような事態を招かないためにも、大学の自治など放棄して不正問題に対応する公的機関を設置する必要はありそうだ。ただしその場合、その運営資金はどこから出るかと言えば、科学予算の枠内なので「アカデミアの人たちに配られるはずだった研究費を削って捻り出す」ことになる。当然、公的機関を設置するとなれば不正まみれの生命科学系の予算を削って捻出するのが筋だろう。科学予算とは別枠で公正取引委員会みたいなのをという考えは図々しい。基本的に業界内で処理すべき問題なのだから。

結局、理研にしろ岡山大学にしろ、こうした事態になってしまっているのは「学者さんには統治能力がない」ことが主な原因ではないかとやはり思ってしまう。理研と岡山大の問題の教訓としては「科学者に政治的な力を持たせてはいけない」ということだろう。理研や岡山大学で
ガバナンスが機能せず学問の自由が脅かされているのは理系学者が権力を持ったせいだと私は思う。博士論文の不正問題が指摘された早稲田のように、学長が法学系ならこんな事態になる訳がない。
ちなみに、再生医療で最先端を目指すハーバード幹細胞研究所の所長は、学者さんではなくMBAを取得しているビジネスマンだ。http://hsci.harvard.edu/people/brock-reeve-mphil-mba

こういった流れの末に、日本の科学を取り巻く環境は、学生や研究者が落ち着いて研究に専念することが出来ない状況になって来ているように思えるが、これは結局、学界の偉い先生達が自分で自分の首を絞めてしまったことなのだ。STAP騒動で生命科学分野の構造的な問題が表面化してしまった今となっては、本気で研究の道に進みたい若者にとって、日本のアカデミアは自分の将来を賭けたいとはとても思えるような所ではない。研究者を目指す頭の良い若者達が選ぶ進路は日本ではないのだろう。

森山・榎本両教授に対する岡山
大学の仕打ちに今さらになって「なんとかしないといけない」と声を挙げている大学の先生達は、今まさに研究環境を奪われている人達を研究室ごと自分の大学で引き受ける位のことをやれば良いのにと私は思う。「裁判所に任せるしかないのか?」などと悠長なことを言ってないで。

岡山大学で研究不正を告発した教授ふたりが解雇された問題が、いまネット上で話題になっている。

この問題は、20142月に週刊誌で報道されたことに端を発して、STAP騒動真っ只中に起こっていた問題で、完全にSTAP騒動の狂乱の陰に隠れてしまっていた上、20149月には批判サイトが立ち上がっているものの、かなり偏った言い分のため世論の賛同を得ることも難しく、告発者の救済に資することはないまま現在に至っている。
サイエンスライターの片瀬久美子氏は、昨年の後半からこの問題を取り上げ、その流れを受けて研究者の中からも岡山大学の対応を問題視する記事も見られるようになった。

「岡山大学の問題は、全国の大学が抱えている問題か?」2015/09/21
http://blog.livedoor.jp/pyridoxal_phosphate/archives/43635210.html
「岡山大学の良識を問う 」2015/12/07
http://blog.livedoor.jp/pyridoxal_phosphate/archives/49692159.html

しかし、STAP問題ではあれほど大騒ぎしたマスコミや科学界からはこれといった声も挙がらないまま、昨年末にはとうとう不正告発者が解雇されるという事態にまで発展してしまった。
森山・榎本両教授の解雇が決定した今年になってから、1月3日には毎日新聞が不正調査の問題点を指摘する記事を出したが、今頃になって言い出しても手遅れ感しか感じない。112日には、告発者の森山教授と、解雇を発表した岡山大学が同じ日に記者会見を開き、NHK岡山放送局毎日新聞などが報道したが、STAP報道ではリークというエサを貰ってスクープ報道しまくっていたマスコミも、取材対象が積極的にエサを撒いてくれなければ何も報道できないという取材力のなさを見た思いがする。(いま確認したらNHKはリンク切れで記事が見つからない)


『半年前、ある記者に岡山大学の件を記事にできないか相談した時、「STAPの時の様に主要な大学の先生方が問題視する声を上げてないから、記事にするのは難しいですね」と言われてスルーされました。』
https://twitter.com/kumikokatase/status/686048913011286019

これは110日の片瀬久美子氏のツイートだが、マスコミがこういった問題を記事にするには「主要な大学の先生が問題視」しているかどうかが判断基準のようだ。「権威のお言葉」がなければマスコミ自身では判断できないということらしい。そして、STAP問題ではあれだけ大騒ぎした中山敬一氏も大隅典子氏も近藤滋氏も、不正告発者が解雇されてしまう事態になった岡山大学の問題は「問題視していない」ということになるのだろう。アカデミアもジャーナリズムもなにも機能してないではないか。

NHKの記事削除も理由が気になるところだ。確か大学側に大きな問題があるという印象を与えるものだったと記憶しているが、誤報だったのか書き方が誘導的だと揉み消されたのか。ミスリードも駄目だが、理由も告げずに削除して「なかったこと」にするのも問題だろう。NHK科学文化部のツイッター・ブログでも不正告発者が解雇され大学を提訴している件について一切触れていない。両者の言い分の食い違いについて事実確認が出来ないため、迂闊なことが言えないということなのかもしれないが、記者会見まで開いて公表されている「不正告発者が解雇され大学を提訴しているという事実」さえ報道出来ないとは、マスコミの無能さもここまで酷いとは思わなかった。

ところで、問題の発端となった「週刊ポスト」の記事を書いた伊藤博敏記者は、経済事件を得意としているフリージャーナリストのようで、医療やアカデミアとは縁遠い人のように見える。森山教授とこの記者がどういう形で繋がったのか不明だが、学問的な正義でもなく、学内権力闘争の問題でもない、別の理由から「不正告発」をしようとした勢力がいて引き合わせたのではないかという気もする。扇情的な支援から受ける印象でしかないが、森山教授を神輿に担いだ人の中に、不純な動機を持つ人があるようにも感じる。
問題がここまで拗れてしまったのは、この辺のやり方に問題があったからなのかも知れない。

いずれにせよ、不正告発が原因で研究環境を奪われてしまった森山・榎本両教授と学生達は、いままさに大変困難な状況下に置かれている。不正告発者が解雇される事態に至るまで、アカデミアは知らん顔をし続けていた。いまさら『研究不正の指摘を理由に大学を解雇されるのであれば、誰も不正の摘発はできなくなる。なんとかしないといけない』と言われても鼻白むばかりだ。
https://twitter.com/turingpattern/status/687129917507506176

STAP細胞問題について、「反オボ」の論理的不整合を科学的な面で批判している「DORAのブログ」では、STAP細胞論文における若山氏の責任問題について論じられている。DORA氏は、若山氏が「こういう図が欲しい」と言ったことが捏造教唆に当たるという論を展開しているが、それは強引すぎるという反論が科学界の人と思われる人からなされている。その人の論理の根本にあったのが「ところが、キメラがフェイクだった」というものだが、それを「前提」としているところに、私は騒動の縮図を見た気がする。
確かに桂報告書の結果を信じれば「キメラはフェイク」と見なすことになる。だから、それを前提とすることが特に間違った論理展開であるわけではない。が、桂報告書は相当疑わしいものではないかというのが現在の状況である。「キメラがフェイク」については、STAP事件の根幹をなすものだ。そして、若山氏が「キメラはフェイク」と思い込んでしまったところから、悲劇は始まっている。

ここからは完全な妄想になるので、その点はあらかじめ断っておくが、STAP騒動の悲劇は、若山氏の耳元に「小保方晴子は詐欺師」と囁きかけ唆した者がいて、それを信じた若山氏がマスコミと一緒になって大暴れしてしまった末に起きてしまったものではないだろうか。

例えば、日本分子生物学会理事の近藤滋氏はツイッター上で公然と小保方氏を「詐欺師」呼ばわりしていたり、テレビに頻繁に登場していた上昌広氏は「「小保方さんが実験している姿はあまり見たことがない」「彼女はまともな研究者ではない」という「噂話」をマスコミに流したりしているが、どちらも小保方氏とは会ったこともないはずだ。

こういった、伝聞や思い込みで人物像を決めつけるタイプの人間が理研の中にいたとして、若山氏の耳元に「小保方晴子のbehavior」について、あることないこと吹き込んだ上でマスコミを紹介すれば、素直な若山氏が自分が詐欺師に騙されたと思い込んで、共著者間での話し合いもしないまま「いきなりマスコミの前で撤回呼びかけ」という意味不明な行動を取ったのも理解できないこともない。

あとは、業界総出で若山さんを神輿に担いでワッショイワッショイだ。理研内部の権力闘争と、ライバル研究者の反STAP勢力と、笹井さんや理研に嫉妬する大学教授たちと、「不正は許さん!」と言う正義な人達と、マスコミと、それらの利害が一致して怒濤のSTAP騒動が起きてしまった。

この、若山氏を唆した人物は、理研の中でそれなりの地位にいてNHKに情報をリークしまくっていた。そして、NHK記者も若山さん同様その人物をとても「信用」していた。その結果がNHKの執拗な小保方バッシング報道であり、例のNHKスペシャルだった。

って、コナン君が言ってました。

STAP細胞論文に関する不正調査の最終報告書である桂報告書には、小保方氏からのオリジナルデータの提出がなく、そのため論文データとの照合ができなかった旨が記されており、その事実が小保方氏が捏造を行った傍証だとする言説がある。それに対する反対意見を書くうちに、少し整理できたものがあるのでそれを記しておきたい。

小保方氏が、自分が行った研究に対して疑義を呈されているのに元データを提出しないのは、確かに研究者として非常に「不誠実」な態度に見える。データ提出の拒否は言わば黙秘権を行使するようなものだが、このことが小保方氏に対して疑わしい印象を与えてしまっているのは確かだろう。しかし、実はその前に調査者側の「不誠実」が先にあるということは、理研の不正認定のあり方を見れば明らかだ。

当初、理研の石井調査委員会は、疑義が指摘された論文の体裁上の問題のみを調査した。そして、単なる画像取り違えと、結論に影響しない不適切な加工程度の問題で、理研の規定では解雇処分となる「不正認定」をしつつ、小保方氏抜きでの検証実験を進めようとしたのが理研である。これは「小保方クビにして成果は横取り」にしか見えない

小保方氏は、これに対して調査のやり方そのものを不服として「理研以外の第三者による再調査」を求めて不服申し立てをしたが、理研はそれを却下し「不正が確定」した。この時点でもう小保方氏は懲戒処分を待つ身であり、これは理研の規定では懲戒解雇または諭旨解雇に相当する。

しかし、研究自体が捏造ではないかとの疑惑が解決されていないため、不正調査は理研改革委員会から桂調査委員会の調査へと引き継がれた。ところが、小保方氏は既に「不正が確定」しているので、本来、この調査に協力する義理などない。データを提出したからと言って石井調査委員会の決定が覆る訳でもなく(この流れの異常さは前にも指摘)、であれば、将来どこか別の場所で研究をやり直すためにデータ提出を拒むのはある意味当然のことだろう。信用の置けない調査者に対して頑なにデータ提出を拒み、再現実験だけに身の潔白を晴らす望みを賭けていたということなのだろう。

こうした異常な流れがあるため、小保方氏を一方的に責めるのはおかしいということを私は以前から主張してきたが、世界中の誰も再現できていないため「STAP現象など存在しない」を前提とした異様な空気に支配された中では虚しいだけだった。○
「STAP騒動のこと」「科学者社会は何をしたのか」

が、海外の研究チームから「STAP現象」と同様のものが報告された今なら、不正調査を最初から見直そうという「良心的な科学者」も出てくるのではないかと期待している。

桂報告書の「STAP細胞はすべてES細胞由来」とする結果は、遺伝子解析で細胞的には辻褄があっていても、その結論では人間の行動としてはまったくあり得ない不合理さがある。○
「世界三大不正」 ○「小保方晴子氏の行動原理」
誰もが感じるこの矛盾に対して、正面から異議を唱えるには「誰も再現出来てない」の壁が立ちはだかっていた。だから、小保方批判に熱心な科学者達やそれを鵜呑みにしたマスコミでは、この大きな矛盾から目を逸らし「STAP現象など死にかけの細胞を勘違いしたオボちゃんの妄想」として片付けられていた。特に、NHKの報道姿勢は完全にこの決め付けを前提としたものだった。

ところが、刺激によって細胞がリプログラミングされることが海外で実証され、STAP実験で見られた現象が死にかけの細胞ではないことが明らかになった。「世界中の誰も再現できていない」の壁は無くなったのだ。
こうなってくると、桂報告書の矛盾について今度は「細胞の辻褄合わせ」が間違っているのではないかと考えるのが自然だろう。

もう一度言おう。
いま科学者がやるべきことは、「あれは本当にES細胞だったのか」ということを見直すことであり、マスコミがやるべきことは、小保方氏に「絶対にSTAP細胞を再現してください」と言い残して亡くなった故笹井芳樹博士が「真偽の判断には理研内外の予断ない再現検証が必要である」と言っていた「STAP現象」と同じものが、海外の研究チームから報告されているという事実を報道することだ。

ところが、科学と社会の架け橋であるサイエンスライターは、いまだに
「研究不正とSTAP現象とは別物」だと言い張って現実を見ようとしない。ちょっと考えれば「ES細胞による偽装」という研究犯罪と、STAP現象のあるなしが別問題であるはずがなく、問題の核心から目を背け続ける科学ジャーナリストなど存在する意味がない。

そして改めて思ったのが、これは典型的な冤罪事件なのだろうということだ。この事件では、厚生労働省村木厚子氏の冤罪事件におけるフロッピー改竄と同じような問題があったのではないかという思いが、いま、私の中で強まって来ている。
「正義の暴走」「みんな単純な話を求めている」

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